何もなかったみたいにコンビニに寄って夕飯を買った。
人気でいつも売り切れているイツキの好きなクリームパスタがあって、教えると、イツキは嬉しそうに笑った。レジ横のチキンも買って、足りなかったらあの箱のラーメンを食べようと言った。
夕飯の後はそれぞれシャワーを浴びた。
イツキは今日は一緒に入ろうなんて言わなくて、そんなの当たり前なのにひどく淋しく思えてしまう。
風呂から出てリビングに行くと、イツキの姿が無い。もう寝たのかなと和室を覗くも、いない。トイレにも、どこにも。
もしやと自室へ行ってみると、イツキは俺のベッドで布団もかけないで倒れ込むようにして眠っていた。
昨夜は殆ど寝てないし、1日はしゃいで疲れたんだろうな。
髪がまだ少し濡れている。濡れた頭でひとのベッドに寝るなとか、そんなことはどーでもよくて、風邪をひきそうなのでやめてほしい。
イツキが風邪をひかないためなら毎日だってドライヤーのあたたかい風をあてて髪を乾かしてやるし、毛布で包んで、ホットミルクだって作る。
相変わらず長い睫毛は少しくるんとなっている。瞼の中の宝物みたいな瞳を護ってくれているのだと思うと同士みたいな気持ちになった。
笑顔でいてほしいと思うのに、泣かせてしまうのも、汚してしまったのも自分。
最低だ。
最低なのに、それらが全部自分で良かったと思う自分もいて。
腐り切った独占欲。反吐が出るとはこのことだ。
寝息をたてる唇に、懺悔するみたいな気持ちで指先で触れそうになって、既のところで手を引っ込める。触れる資格などない。
イツキがわずかに動いた。
「んんん……んー……コウ……?」
「うん。一回起きろよ。髪乾かして、布団入って寝な。」
「んん、、コウ、……してくんねぇの?」
「ドライヤー?やってやるよ。ほら、体起こせ。」
「ん〜、ちがぅ……」
目を閉じたまま呟くように言う。寝ぼけてるのか。かわいいな。
「イーツキ。イっちゃん。起きてー。」
「コウ〜……」
「なーに。」
「んん、、もぅ……キス、してくんねぇの……?」
……ん?
「……え?」
「…………え?」
ぱちりと開けた目をまん丸にしてイツキは俺を見る。
「イツキ…今なんて言った?」
「俺……今なんか言った?」
「言った……よな?」
「言った……かも。」
キスしてくんねぇのって、いや問題は、『もう』って……
「イツキお前……もしかして、気付いてたのか……???」
「へ?な、なにが?」
目をキョロキョロさせてしきりに前髪をいじるのはイツキが下手な隠し事をしているときの癖だ。
「しょーじきに言ってくれ……いつから、気付いてた?」
「なんのことやら……」
「イツキ。」
「……高一の、夏休みの少し前。」
「いっちばん初めの時じゃねーかっ」
「そ、そうなの?」
最悪だ。
毎日毎日やりたい放題やって……
「殴れ。」
「は??」
「ぼっこぼこに…イツキの気の済むまで殴れ!」
「は??ばかじゃねぇの??やだよっっ。」
「イツキが殴ってくれないならこっから飛び降りて、、、っ」
「ちょちょちょ待て!待てって!コウ、小4の時一回落ちたじゃんっ、また骨折するぞ!」
「あれはイツキが俺の部屋まで飛び移れるって言い張ってきかないから俺が代わりに試して……って今そんな話はどうでもいいんだよっ。イツキ、止めるな、ほんっとどうかしてた……!」
「待て待て待て待て待てっっって、ちょ、一旦落ち着け!」
「落ち着けねぇよ、俺……俺お前に勝手に、キモすぎるだろ。何度も何度もっっ」
「ひゃくっ、186回っっ。」
「ひゃくはちじゅ……?」
「ろっかい。」
「186回。」
「そーだよ。何度もって言うけど、186回。それ全部数えて覚えてる俺も、そこそこキモいだろ?そんで、そんだけされてなんで気づいてて大人しくキスされてたかって、ちょっと考えればわかるじゃん。」
「わかんねぇよ。」
「わかれよ。イヤじゃなかったんだよ。イヤじゃ、なかった。最初の時は夢かと思った。次の時は寝たふりして待ってみた。……夢じゃなかった。」
「ずっと寝たふり??」
「そんな器用ではねぇよ。なんつーか、目覚めのキス?してもらってた感じ。運命の王子様の目覚めのキス〜なんつって。はは……」
イツキはやけくそみたいに笑う。
「軽蔑しねぇの…?」
「だから、するわけ無いだろ。して欲しくてさせてたんだから。ちゅーされてなんとなく目が覚めて、そっからもっかい二度寝するのが至福のときだったんだからな。」
「うそだ。」
「うそじゃない。」
「……でもっ、それでもやっぱり駄目だ。イツキのファーストキス、勝手にもらった。どうしてもお前の初めてが欲しいみたいな、汚い独占欲で。……ごめん。」
「いいよ。」
「よくねぇよ。」
「いいんだって。初めてじゃ、ねぇし。」
心臓が雑巾の様に搾り上げられた。じゃぁ、イツキの初めては?
「そんなこの世の終わりみたいな顔すんな。」
みたいじゃない。この世の終わりだ。
「……、榊先輩?」
「ちげぇよ。はぁー……やっぱ覚えてねーのな。」
「覚えてない?」
「……コウだよ。」
「なにが。」
「だから、俺のはじめてのキスの相手。」
「は?え?だからやっぱり俺が勝手に寝てるお前に、」
「ちげぇって。俺がコウにしたの。よーちえんとき。」
「幼稚園。」
「そ。コウさ、俺の事ずっと弟かなんかだと思ってたことあったろ。」
「うん……あった。」
「それ誰かに違うって言われて大泣きしてさ。もー先生たちもお手上げってくらい。」
「あぁ……それは、ちょっと覚えてる。でもそれとこれと」
「それで俺がコウに言ったんだ。俺はコウの弟にはなれないけど、家族になることはできるって。『けっこん』すればいいんだよって。」
「けっ結婚??」
「うん。そしたらコウがじゃぁそれするって。どうしたら『けっこん』できるの?って。それでちゅーしたらできるって俺が言って……した。大人になったら『けっこん』するやくそくって。」
「な、なんだそれ……。」
「我ながらませガキだよな〜。ま……とにかく、それが俺とコウのはじめてだよ。」
「なんだよそれ、俺そんなん全然……」
「だよな。そんなもんだよ、ガキの頃の約束なんて。コウが普通。でも俺は覚えてた。ずっと。ずっと好きだった。コウに彼女ができたときだって、こいつの初めては俺なんだって、その思い出だけで生きてこうって思ってた。」
「それは……っ、俺だって、そう思ってた。イツキが誰と付き合ったってって……ってか、イツキ、俺がチサと付き合ってるってずっと思ってたんだろ?」
「……うん。」
「なのに毎朝キスしてくる男とか、めちゃくちゃじゃね??俺??」
「そ、そーだよっ。わけわかんねーよ!ぜんっぜん意味不明。きまぐれなのかなとか、欲求不満なのかなとか、だけどコウそんなやつじゃないよなとか、ぐちゃぐちゃだった。それでもいいからして欲しかった。なのに……あんとき、なんか急に、してくんなくなっちゃって、、っ、、」
イツキの目から、涙が溢れる。
「コウが、バカみたいな顔で俺に『好きなやついんの?』って聞いたとき、変な態度とっちまったから、そのせいで俺の気持ちバレて、そんで、気持ち悪くなったとかでしてくれなくなったんかなって……っ」
「いやいやいやいや、違う、違うよ。俺はただ、イツキにそんなに想ってる相手がいるならこんな、キスするのとかはやっぱ違うよなって、駄目だ最低だって思ってやめたんだ。」
「そんなん知らねぇよ。嫌われた、もうキスしたくないって思われたって思って、だから、すげぇ淋しくて、」
「嫌いになんかならない。したくないなわけないだろ。」
「ほんと?」
「本当。絶対。」
「今でも、したいって思う?」
「思う。毎日、思ってる。めちゃくちゃしたい。」
「ははっ、必死かよ。」
「必死だよ。超必死。」
「じゃぁ、今する?」
「へっ?」
「なーんちゃってー」
イツキのふざけて茶化すような言い方。知ってる。これは本気の時のやつだ。
「イツキ、しよ。今。」
「えっが、ガチでいってる?」
「イツキがいいなら、だけど。」
「……いい。したい。」
「ん。じゃぁ、お願いします。」
「こちらこそお願い、します。」
向き合って深々とお辞儀し合い、そうしていることが可笑しくて笑い合った。
「ははっ、なにやってんだろな。コウも、俺も、ずっと、何やってたんだろ。」
イツキの頬に涙が流れる。
「イツキ、好きだよ。」
「俺も好きだよ、コウ。」
ゆっくりと唇が触れ合った。
2人とも僅かに震えて、支えあう様に互いを抱きしめた。
俺のTシャツをギュッと握るイツキの両手が愛しい。
ちゅ、と静かな音を残して離れると、イツキは照れ隠しみたいに笑った。
「しょっぱ。」
「イツキが泣いたからだろ。」
「コウが泣かせたんじゃん。」
「ごめん。」
「やだ。許さない。」
「え。」
「ふふ。うっそー。もっかいしてくれたら許す。」
「もう一回で良いの?」
「……っ、コウのそーいうとこズルいって言ってんだよっ」
そう言ってイツキは真っ赤な顔をして掴んだ枕を投げて寄越した。
「ズルくねぇよっ」
投げ返した枕にイツキは顔を伏せる。
真っ赤になっているのは顔だけじゃなくて、耳も、首筋も。可愛い。
「……コウの言わなきゃいけないことってさぁ、それ?俺に、その、キスしてたってやつ?」
依然枕に顔を埋めたままイツキが言った。
「うん。そう。黙ってるままじゃ、駄目だよなって。」
「なんだ、そんなことか……」
「そんなことって言うなよ。重要なことだろ。」
「いやぁ、だってさぁ、やっぱり他に彼女とかでもいるんかと思った。」
「いねぇよ。」
「わかんねぇじゃん。そんなん。いるかもしんないじゃん。」
本気で思ってたな、これは。
「イツキはほんとかわいいな。」
たまらず枕ごとぎゅうぎゅう抱き締める。
「すぐそーやってかわいいって言うのやめろよっ。」
「かわいいんだもん。」
「かわいいって言っときゃいいと思ってんだろ。」
「……思ってないよ。」
「いま間があったな??」
「ははっ。冗談だって。かわいーかわいー。」
「コウっ!」
「あははっ」
「ったく……なーコウ。今日、コウのベッドで寝ていい?」
ふふ。いつも勝手に寝てるくせに。こういうとこが可愛いんだけど、言ったらまた怒るな。
「いーよ。あ、でも髪乾かしてからな。風邪引く。」
「……過保護なんだよ、コウは。」
「なんとでも言ってくれ。ちょっと待ってろな。ドライヤー、持ってくる。」
「うん。あ、待って。」
「ん?」
ちゅっ
「イツキ……!」
「へへ。『もう一回』。のやつ。」
くそ、ズルいのはどっちだ。
人気でいつも売り切れているイツキの好きなクリームパスタがあって、教えると、イツキは嬉しそうに笑った。レジ横のチキンも買って、足りなかったらあの箱のラーメンを食べようと言った。
夕飯の後はそれぞれシャワーを浴びた。
イツキは今日は一緒に入ろうなんて言わなくて、そんなの当たり前なのにひどく淋しく思えてしまう。
風呂から出てリビングに行くと、イツキの姿が無い。もう寝たのかなと和室を覗くも、いない。トイレにも、どこにも。
もしやと自室へ行ってみると、イツキは俺のベッドで布団もかけないで倒れ込むようにして眠っていた。
昨夜は殆ど寝てないし、1日はしゃいで疲れたんだろうな。
髪がまだ少し濡れている。濡れた頭でひとのベッドに寝るなとか、そんなことはどーでもよくて、風邪をひきそうなのでやめてほしい。
イツキが風邪をひかないためなら毎日だってドライヤーのあたたかい風をあてて髪を乾かしてやるし、毛布で包んで、ホットミルクだって作る。
相変わらず長い睫毛は少しくるんとなっている。瞼の中の宝物みたいな瞳を護ってくれているのだと思うと同士みたいな気持ちになった。
笑顔でいてほしいと思うのに、泣かせてしまうのも、汚してしまったのも自分。
最低だ。
最低なのに、それらが全部自分で良かったと思う自分もいて。
腐り切った独占欲。反吐が出るとはこのことだ。
寝息をたてる唇に、懺悔するみたいな気持ちで指先で触れそうになって、既のところで手を引っ込める。触れる資格などない。
イツキがわずかに動いた。
「んんん……んー……コウ……?」
「うん。一回起きろよ。髪乾かして、布団入って寝な。」
「んん、、コウ、……してくんねぇの?」
「ドライヤー?やってやるよ。ほら、体起こせ。」
「ん〜、ちがぅ……」
目を閉じたまま呟くように言う。寝ぼけてるのか。かわいいな。
「イーツキ。イっちゃん。起きてー。」
「コウ〜……」
「なーに。」
「んん、、もぅ……キス、してくんねぇの……?」
……ん?
「……え?」
「…………え?」
ぱちりと開けた目をまん丸にしてイツキは俺を見る。
「イツキ…今なんて言った?」
「俺……今なんか言った?」
「言った……よな?」
「言った……かも。」
キスしてくんねぇのって、いや問題は、『もう』って……
「イツキお前……もしかして、気付いてたのか……???」
「へ?な、なにが?」
目をキョロキョロさせてしきりに前髪をいじるのはイツキが下手な隠し事をしているときの癖だ。
「しょーじきに言ってくれ……いつから、気付いてた?」
「なんのことやら……」
「イツキ。」
「……高一の、夏休みの少し前。」
「いっちばん初めの時じゃねーかっ」
「そ、そうなの?」
最悪だ。
毎日毎日やりたい放題やって……
「殴れ。」
「は??」
「ぼっこぼこに…イツキの気の済むまで殴れ!」
「は??ばかじゃねぇの??やだよっっ。」
「イツキが殴ってくれないならこっから飛び降りて、、、っ」
「ちょちょちょ待て!待てって!コウ、小4の時一回落ちたじゃんっ、また骨折するぞ!」
「あれはイツキが俺の部屋まで飛び移れるって言い張ってきかないから俺が代わりに試して……って今そんな話はどうでもいいんだよっ。イツキ、止めるな、ほんっとどうかしてた……!」
「待て待て待て待て待てっっって、ちょ、一旦落ち着け!」
「落ち着けねぇよ、俺……俺お前に勝手に、キモすぎるだろ。何度も何度もっっ」
「ひゃくっ、186回っっ。」
「ひゃくはちじゅ……?」
「ろっかい。」
「186回。」
「そーだよ。何度もって言うけど、186回。それ全部数えて覚えてる俺も、そこそこキモいだろ?そんで、そんだけされてなんで気づいてて大人しくキスされてたかって、ちょっと考えればわかるじゃん。」
「わかんねぇよ。」
「わかれよ。イヤじゃなかったんだよ。イヤじゃ、なかった。最初の時は夢かと思った。次の時は寝たふりして待ってみた。……夢じゃなかった。」
「ずっと寝たふり??」
「そんな器用ではねぇよ。なんつーか、目覚めのキス?してもらってた感じ。運命の王子様の目覚めのキス〜なんつって。はは……」
イツキはやけくそみたいに笑う。
「軽蔑しねぇの…?」
「だから、するわけ無いだろ。して欲しくてさせてたんだから。ちゅーされてなんとなく目が覚めて、そっからもっかい二度寝するのが至福のときだったんだからな。」
「うそだ。」
「うそじゃない。」
「……でもっ、それでもやっぱり駄目だ。イツキのファーストキス、勝手にもらった。どうしてもお前の初めてが欲しいみたいな、汚い独占欲で。……ごめん。」
「いいよ。」
「よくねぇよ。」
「いいんだって。初めてじゃ、ねぇし。」
心臓が雑巾の様に搾り上げられた。じゃぁ、イツキの初めては?
「そんなこの世の終わりみたいな顔すんな。」
みたいじゃない。この世の終わりだ。
「……、榊先輩?」
「ちげぇよ。はぁー……やっぱ覚えてねーのな。」
「覚えてない?」
「……コウだよ。」
「なにが。」
「だから、俺のはじめてのキスの相手。」
「は?え?だからやっぱり俺が勝手に寝てるお前に、」
「ちげぇって。俺がコウにしたの。よーちえんとき。」
「幼稚園。」
「そ。コウさ、俺の事ずっと弟かなんかだと思ってたことあったろ。」
「うん……あった。」
「それ誰かに違うって言われて大泣きしてさ。もー先生たちもお手上げってくらい。」
「あぁ……それは、ちょっと覚えてる。でもそれとこれと」
「それで俺がコウに言ったんだ。俺はコウの弟にはなれないけど、家族になることはできるって。『けっこん』すればいいんだよって。」
「けっ結婚??」
「うん。そしたらコウがじゃぁそれするって。どうしたら『けっこん』できるの?って。それでちゅーしたらできるって俺が言って……した。大人になったら『けっこん』するやくそくって。」
「な、なんだそれ……。」
「我ながらませガキだよな〜。ま……とにかく、それが俺とコウのはじめてだよ。」
「なんだよそれ、俺そんなん全然……」
「だよな。そんなもんだよ、ガキの頃の約束なんて。コウが普通。でも俺は覚えてた。ずっと。ずっと好きだった。コウに彼女ができたときだって、こいつの初めては俺なんだって、その思い出だけで生きてこうって思ってた。」
「それは……っ、俺だって、そう思ってた。イツキが誰と付き合ったってって……ってか、イツキ、俺がチサと付き合ってるってずっと思ってたんだろ?」
「……うん。」
「なのに毎朝キスしてくる男とか、めちゃくちゃじゃね??俺??」
「そ、そーだよっ。わけわかんねーよ!ぜんっぜん意味不明。きまぐれなのかなとか、欲求不満なのかなとか、だけどコウそんなやつじゃないよなとか、ぐちゃぐちゃだった。それでもいいからして欲しかった。なのに……あんとき、なんか急に、してくんなくなっちゃって、、っ、、」
イツキの目から、涙が溢れる。
「コウが、バカみたいな顔で俺に『好きなやついんの?』って聞いたとき、変な態度とっちまったから、そのせいで俺の気持ちバレて、そんで、気持ち悪くなったとかでしてくれなくなったんかなって……っ」
「いやいやいやいや、違う、違うよ。俺はただ、イツキにそんなに想ってる相手がいるならこんな、キスするのとかはやっぱ違うよなって、駄目だ最低だって思ってやめたんだ。」
「そんなん知らねぇよ。嫌われた、もうキスしたくないって思われたって思って、だから、すげぇ淋しくて、」
「嫌いになんかならない。したくないなわけないだろ。」
「ほんと?」
「本当。絶対。」
「今でも、したいって思う?」
「思う。毎日、思ってる。めちゃくちゃしたい。」
「ははっ、必死かよ。」
「必死だよ。超必死。」
「じゃぁ、今する?」
「へっ?」
「なーんちゃってー」
イツキのふざけて茶化すような言い方。知ってる。これは本気の時のやつだ。
「イツキ、しよ。今。」
「えっが、ガチでいってる?」
「イツキがいいなら、だけど。」
「……いい。したい。」
「ん。じゃぁ、お願いします。」
「こちらこそお願い、します。」
向き合って深々とお辞儀し合い、そうしていることが可笑しくて笑い合った。
「ははっ、なにやってんだろな。コウも、俺も、ずっと、何やってたんだろ。」
イツキの頬に涙が流れる。
「イツキ、好きだよ。」
「俺も好きだよ、コウ。」
ゆっくりと唇が触れ合った。
2人とも僅かに震えて、支えあう様に互いを抱きしめた。
俺のTシャツをギュッと握るイツキの両手が愛しい。
ちゅ、と静かな音を残して離れると、イツキは照れ隠しみたいに笑った。
「しょっぱ。」
「イツキが泣いたからだろ。」
「コウが泣かせたんじゃん。」
「ごめん。」
「やだ。許さない。」
「え。」
「ふふ。うっそー。もっかいしてくれたら許す。」
「もう一回で良いの?」
「……っ、コウのそーいうとこズルいって言ってんだよっ」
そう言ってイツキは真っ赤な顔をして掴んだ枕を投げて寄越した。
「ズルくねぇよっ」
投げ返した枕にイツキは顔を伏せる。
真っ赤になっているのは顔だけじゃなくて、耳も、首筋も。可愛い。
「……コウの言わなきゃいけないことってさぁ、それ?俺に、その、キスしてたってやつ?」
依然枕に顔を埋めたままイツキが言った。
「うん。そう。黙ってるままじゃ、駄目だよなって。」
「なんだ、そんなことか……」
「そんなことって言うなよ。重要なことだろ。」
「いやぁ、だってさぁ、やっぱり他に彼女とかでもいるんかと思った。」
「いねぇよ。」
「わかんねぇじゃん。そんなん。いるかもしんないじゃん。」
本気で思ってたな、これは。
「イツキはほんとかわいいな。」
たまらず枕ごとぎゅうぎゅう抱き締める。
「すぐそーやってかわいいって言うのやめろよっ。」
「かわいいんだもん。」
「かわいいって言っときゃいいと思ってんだろ。」
「……思ってないよ。」
「いま間があったな??」
「ははっ。冗談だって。かわいーかわいー。」
「コウっ!」
「あははっ」
「ったく……なーコウ。今日、コウのベッドで寝ていい?」
ふふ。いつも勝手に寝てるくせに。こういうとこが可愛いんだけど、言ったらまた怒るな。
「いーよ。あ、でも髪乾かしてからな。風邪引く。」
「……過保護なんだよ、コウは。」
「なんとでも言ってくれ。ちょっと待ってろな。ドライヤー、持ってくる。」
「うん。あ、待って。」
「ん?」
ちゅっ
「イツキ……!」
「へへ。『もう一回』。のやつ。」
くそ、ズルいのはどっちだ。