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「ミッションコンプリートならず。」
けらけらと笑いながらイツキが言う。
こそこそと歩き回って、途中でサクマ達に会いそうになる度に隠れたり違うフロアに移動したりしながらなんとかミウの好きなキャラのグッズを買い、さぁあ帰ろう!としたところを駅の改札でサクマ達に会ってしまったのだ。
「いやギリセーフだろ、あれは。」
「『なにそのサングラス?』だって。」
変装用にと百均で買った俺たちのお揃いのサングラスを見て笑うサクマにつられて笑いが止まらなかった。
「でも良かったのか?カラオケ行かなくて。」
別れ際に合流しようと誘われたのを俺たちは断った。
「いいよ。『今日は2人がいい』んだろ?」
「ふふ。ありがとな。」
「どーいたしまして。ってのもへんだな。俺がそうしたかったんだから。」
「……っ、なんかズルい。コウ、キャラ変わりすぎだろ。今まで全然そーいうこと言わなかったくせに。」
「あはは。溜めてたんだよ。」
「溜めてんなよ。」
「あ、そだ。これ、やるよ。」
「なにこれ。開けていい?」
「いーよ。」
「なんだろー…えっっこれ、映画の、」
今日の映画で大活躍だったイツキの推しキャラのアクリルキーホルダー。
「いつ買ったん??あ、俺がトイレ行ってたときか!」
「そう。ついでに俺のも買った。」
「お揃いだ。」
「うん。」
「えええ、ちょー嬉しい。」
「よかった。」
「やべーな……。」
「うん?」
「いや、なんつーか……さんきゅ。」
「うん。こっちこそ、弁当とか、ありがとな。」
「どういたしまして。……コウ。」
「なに?」
「手、もっかい繋ぐ?」
「んっ?うん、」
2人してぎくしゃくと手を取り合うと、公園通りの歩き慣れた坂道がまるで違って見える。
「そっちの手も貸して。」
「こっち?」
「うん。」
両方の手を繋いで向かい合うと、フォークダンスでも始まるみたいな格好になった。
「今日、ありがとうな。ほんと。楽しかった。」
「うん。こっちこそ。」
「一緒にどっか行くとか映画見るとか、手、繋ぐとか、生まれてから今日までコウと散々やってきたことなのに、やってることおんなじでも全然違った気がする。うまく言えないけど。」
「わかるよ。」
「コウ、あのさっ」
繋いだ手にぎゅうと力が入る。
「ん?」
「だっ、だんかいって、次、なんでしょーか。」
「かいだん?何?なぞなぞ?」
「ばか。なぞなぞじゃねぇよ。だっから、『段階踏んで』って、言ったじゃん?」
段階……、って、え、
思い切ったように見上げたイツキの潤んだ瞳と恥ずかしそうな表情を見ればそれば明らかだった。
付き合い始めた2人が手を繋いだら次に踏む段階っていったら、とか、付き合い初めて何回目のデートで、とか、シチュエーションとかムードとか、ぐるぐる考えるだけ無駄で。
何よりも俺が、目の前のかわいい幼馴染に、恋人、にキスしたい。
心臓を痛いくらい動悸させながら顔を近づけるとイツキのふわふわした前髪がおでこに当たる。
……。
ちがう、駄目だ。
俺まだ、イツキに大事なこと話してない。

触れ合う寸前だった唇から距離をとり、繋がれていた手もそっと解いて、精一杯大切にイツキを抱きしめた。
「イツキ、俺、お前に言ってないことある。」
「え、なに。」
「言ったら嫌われるかもって、けどこれ言っとかないと、」
幸せな時間はこれで終わりかもしれない。でも。
「軽蔑してくれて、構わないから。」
「なんだよ。怖ぇよ。」
「俺……イツキにずっと」
ぽこん
「「……。」」
ぽこんぽこん
メッセージの受信音。から、続けて鳴り響く着信音。
「……った、このパターンかよっっっ!!!」
「はぁ……いーよ。出なよ。」
「あぁもうっ!!」
クソデカいため息をつきながらイツキはスマホを取り出す。
「あー……ミウだ。はい?もしもし?」
「お兄ちゃん?」
「どした」
「ね、今こっちで誰に会ったと思う??」
「だれ?」
「waon.だよ〜!!」
「は?わおん?犬?」
「ちっがうよ、私の好きなアニメの歌歌ってる人!前教えたでしょ!いたの!おんなじホテルに泊まってて、サインもらっちゃった!」
「そーか。そりゃよかったな。」
「えー反応薄くない?ね、コウちゃんも一緒?代わって!コウちゃんならわかってくれるもん。」
「やだ。」
「なんで?」
「なんでも。」
「けちー。あ、ねぇそれでね、お兄ちゃん、私たち」
「な、ミウ、その話帰ったらじっくり聞くから。」
「帰ってからじゃ遅いよ。だって」
「わかったから。切るぞ。じゃぁなー。」
「ちょっとお兄ちゃ」

「「……。」」

「なんだって?ミウ。」
「なんかどーでもいい系のやつ。」
「……そか。」
「……うん。」
それから、一度解いてしまった手をもう一度繋ぐことはできなくて、ただ、並んで歩いて帰った。
世界はじわじわと蒸し暑いはずなのに指先だけがとても冷たい。