自宅に着いて、まずは食材をテーブルの上に広げる。

「じゃ、早速作っていきましょうか」
「はい」

 今日作るのは、主にお酒に合うメニューだ。おつまみを作りながら料理の基本を教わり、最後にお酒を飲んで一緒に楽しもうと、そういうわけなのだった。
 
 正直、コミュ障の私としては、りょうこさんと二人飲みなんてできるんだろうかと、そもそもひととの二人飲み自体、初体験だから、今から恐ろしくてしかたないのだが、ここは頑張るしかない。

「とりあえず、まず、まな板が綺麗なうちに、アジのなめろうを作ろう。材料みじん切りして叩いちゃえばいいから、形とか気にしなくて良いし、そんなに難しくはないでしょ」
「は、はい!」

 手を綺麗に洗い、消毒した包丁とまな板を使って、ミョウガや大葉を切っていく。

「アジ、美味しそうね……」
「ですねぇ」
「なめろうは茄子で作って、アジのお刺身はそのまま食べましょう」
「茄子のなめろう、ですか?」
「動画見てないの? 私の作る茄子のなめろうは最高だから!」

 なぜか、作っている途中でそんなことになる。これだから、酒飲みは。

 でも、なんだか、楽しい。

 電子レンジで加熱した茄子を氷水で冷やすときに、やけどしそうになったときに、なぜか指をなめられそうになったときは、全力で拒否したり、包丁を持つ手が危ないと、後ろからホールドされてしまったときは、おっぱいが背中に当たってかえって危ないことになったりとか、色々あったけど。

 こんなふうに、誰かと休日を一緒に過ごすなんて、友達のいない私にとっては、本当に初めてのことだった。しかもそれが、憧れの人とだなんて、まるで夢の中にいるみたいだ。こんなに浮かれた気分になっていて、いいんだろうかと思う。

 茄子のなめろうが仕上がったあとは、油淋鶏や無限キュウリ、ピーマンの肉巻きにだし巻き卵、と作ったあたりで、いい加減おなかが減りすぎたので、お酒を飲みはじめることにした。

「お疲れ様! かんぱーい!」
「お疲れ様でーす!」

 とりあえずハイボールで乾杯する。すると、どうだろう。さっきまでのコミュ障っぷりは、どこへ行ったのやら。急に私のテンションまで上がってくる。

「らからねー。かれしいないれきいこーる、ねんれい、なんれすよー」
「はいはい、きいたよ! てかね、あたしもそうだから! うける! あははははっ」

 何を話したのかは正直、あまり覚えていない。いや、覚えているけれど、正直あまり思い出したくない。

「ぶっちゃけですねえええ。わたしはああ、おとこのひとよりはー、きれいなおねえさんのほうがあああ」
「まあ、そうでしょうねえ……はいはい、わかってるよ」

 そんなことを言ったかどうか、定かではない。ああもう、本当に思い出したくない。


 *


 気づけば、朝だった。

「……えっ???」

 目の前に美人のお尻があった。

「はっ?」

 ていうか、りょうこさんだった。

「すすすすすすすすみません!!! わわわわわたしとんでもないことを!!!」
「え、あー、起きたんだ。おはよう。てかごめんね、モカちゃん、酔い潰れてたから心配でさ、勝手に服借りて泊まっちゃった」
「え、ああ、すっすいませんっ。ごめいわくををっ」
「そんな他人行儀なしゃべり方しなくても……一晩飲み明かした仲じゃん?」

 一体私たちは、どうなってしまったんだろう。……ていうか今、この人、私の名前呼び捨てにしなかったか?

 顔がものすごく熱くなるのを感じた。親以外で誰かに名前を呼び捨てにされたのなんて、生まれて初めてだった。

「って、うう頭いたぁぁっっ」

 精神的衝撃で今まで気づかなかったけど、頭が割れるように痛い。思いっきり二日酔いだった。私、どれだけ酒飲んだんだ。

「大丈夫? 水飲む?」
「ありがとうございます」

 りょうこさんから水をもらって、一息ついたところで、お腹がぐうっと鳴った。

「おなかすいた」
「はははは。じゃあ、大丈夫だね。なんか、作るよ。座ってな」

 りょうこさんはそう言って、キッチンに立った。

 10分ほどで、りょうこさんはどんぶりを持って帰ってきた。ほかほかと湯気が立ち、これはなんのお出汁なんだろう?すごく良い匂いがする。

「はい、りょうこ特製『姐御の美味しいトマト雑炊』だよ」
「トマト雑炊!? てか、ネーミングそのまま!」
「文句言わない。美味しいよ? 動画には載せない、ここだけの特別な味なんだから!」
「……いただきます」

 手を合わせて、いただく。

 ふーふー。

 はふはふ。

 じゅる、じゅるっ。

 ……美味しい。

「……美味しいです」

 なんだろ。なんのうま味成分とか、そういう難しいことは私には全然わからないのだけど。トマトと卵のシンプルな味と具材が、二日酔いの身体に染み渡る。

「……そんな泣くほど? 大袈裟だなー、もう」

 りょうこさんは笑う。

「えっ、泣いてなんか……? えっ、えっ?」

 目には気づけば熱いものが。いつのまに。

 でも、泣いても仕方ないでしょ。だって、すぐそばに憧れの人がいて、こんなふうに一緒に料理してお酒飲んで仲良くなって、こんなふうに優しくしてくれて雑炊作ってくれて。泣くなって方が無理でしょ。

「こんなの、またいくらでも作ってやるからさ。また遊ぼーよ!ねっ?」

 りょうこさんは、そう言ってまた笑った。

「うん」

 私もうなずく。踏み出していけば、ちょっとずつだけど、距離感は、変わるだろうか。

 薄味に作ってくれてあったトマト雑炊は、再び追いかけてきた汁で、ほんの少し、酒飲み好みの味になった。