春が近付いて、桜と黒稜の神前式の日が近付いていた。
二人の暮らしは相変わらずだ。
黒稜は陰陽師の仕事をこなしつつ、桜の呪いの解術式の研究。
桜は家事をこなしつつ、黒稜の調べ物を手伝ったりしていた。
祈りの巫女の力は徐々に強まっており、自由に治癒の術を使えるようになっていた。
未来や過去の夢を見ることは時たまあるが、直近の二人の未来に悪いことは起こりそうになかった。
穏やかな日々が続いている。
「そういえば今朝、文が届いていたぞ。桜宛てだ」
「私宛?」
桜に文を送ってくるような知り合いはほとんどいない。
北白河の家も特に問題は起きていないようで、特に文が届くことはなかった。
開けてみると、手紙の送り主は、雪平 李央だった。
「李央様、です」
桜がそう言うと、黒稜は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「まだそんなやつとやり取りをしているのか」
雪平 李央は、桜に呪いを掛けた雪平 勝喜の息子である。
しかし父の責を負ってか、あれ以来呪いの解術式について研究してくれているらしかった。都度その報告を桜にしてくれているのだ。
「桜を傷付けようとしたやつだ、あまり信用するなよ」
その件について、李央はかなり反省しているようだった。だからこそ償いのために協力を申し出てくれたのだろう。
今のところ桜に掛けられた呪いを解く手掛かりは見つかっていない。
陰陽師の力も失われ、聴力も失われたままだ。
しかし。
「卵焼きは、甘めでいいか?」
「はい」
黒稜は耳の聴こえない桜のためにいつも分かりやすく口を動かしてくれる。
聴こえずとも、その温もりは十分に伝わってくる。
桜は今、幸せだった。
嫁いできた時には、想像も出来なかったものだ。桜はこの道を選んで良かったと、心から思っていた。
(黒稜様は、帝様に私との縁談を進められたと仰っていたけれど、帝様にはこの未来が見えていたのかもしれない)
桜と黒稜が一緒になることで、二人が穏やかに過ごせるよう未来があること。
桜が祈りの巫女として目覚めること。
黒稜の心が癒えること。
夢見の力のある帝には、それが見えていたのかもしれない。
祈りの巫女としての力に目覚めた桜と、天才陰陽師でありながら半人半妖の黒稜。
この先の未来に何が起こるのかは分からないが、きっと二人ならどんな困難も乗り越えて行けると、桜と黒稜は確信していた。