ゆっくりと目を開けると、そこは御影の家だった。
(え……?私、帰ってきたの…?)
辺りを見回すと、そこは桜がいつも手入れをしている、花々の咲き乱れる庭だった。
しかし、桜はすぐにその違和感に気が付く。
(桜が、咲いているわ…)
季節は冬を迎えようとしているはず。それなのに、庭にある立派な桜の木が満開に咲き誇っていた。
(私、また夢を視ているのかも…。これはきっと過去か未来の映像…)
桜はそう直感した。
桜が庭から御影の家を覗き込んでいると、玄関でぱたぱたと足音がして、その足音は勢いよく黒稜の書斎までやって来た。
「黒稜!いる!?」
スパーンと音をさせながら書斎の襖を豪快に開けた女性は、黒稜の部屋へと飛び込んだ。
「なんだ!いるじゃん!すぐ返事してよ!」
書斎にいた黒稜は、億劫がりながらも振り返った。
「何をしに来たのだ、春子」
眉間に皺を寄せながら女性を見上げる黒稜は、桜の知っている黒稜よりも幾分幼く見えた。
「何をしに来た、ってことはないでしょう?可愛い幼馴染が陰気な黒稜くんの様子を見に来てあげたっていうのに」
そう言って快活に笑った春子の顔を見て、桜は驚いた。
(私に、そっくり…?)
春子の顔は、桜に瓜二つだった。
雰囲気や性格こそまったく真逆のようだが、見た目だけで言うのなら桜と春子はそっくりだった。
(春子さん…、黒稜様の幼馴染……?)
黒稜に幼馴染がいるなんて、桜は初耳だった。
桜が嫁いできて、そのような人が尋ねてきたことは一度もなかったから。
「ねえ黒稜!玲子のこと聴いた!?」
「聴いたよ、正式に帝の座を継ぐのだろう。生まれた時から決まっていたこととはいえ、随分と早かったな」
「いや本当だよ!帝なんかになっちゃたら、もう気軽に会えなくなっちゃうわ」
「今だって気軽に会えるような身分でもないだろう。私達はたまたま出会っただけで、」
「それでも!私達三人は幼馴染でしょう?」
黒稜と春子の会話を、桜はきょとんと眺めていた。
(帝様って、今の帝様のこと?黒稜様、ご友人だったのね)
黒稜の話しぶりがあまりに気安いとは思っていたが、どうやら帝とは幼少の頃からの付き合いであるらしかった。
「で、結局春子は何の用だったのだ。そのような話をしにわざわざ来たのか?」
黒稜の言葉に、春子はむふふっと笑った。
そうして後ろ手に隠していたものを、じゃーんと披露する。
「これ持ってきたの!今日は満月でしょう?だからお月見でもしようかと思って!」
「十五夜でもあるまいに」
「いいでしょ?お月様はいつ見ても綺麗なんだから!」
「ささ!縁側にきたきた!」と春子に背中を押されながら、黒稜は渋々書斎から出てきた。
「まだ調べ物の途中なんだが」
「そんなのいいから!はい、お茶淹れて来て」
「私が入れるのか?」
「黒稜の家でしょう?私はお客様なのだから、もてなしなさいな」
強引な春子ではあるが、やれやれと思いながらも、黒稜は然程迷惑そうではなかった。
(仲が良いのね…)
二人の様子を微笑ましく見つめる桜。少しだけちくりと痛む胸のことは、気が付かないふりをした。
縁側に並んで座った黒稜と春子は、高く昇った月を見上げる。桜の花びらがひらひらと舞い、とても綺麗な夜だった。
春子が楽しそうにひたすらに何か話題を振っていて、それにぽつぽつと答える黒稜。
黒稜の様子を見て、桜には気が付くことがあった。