北白河の家へは、一旦文を出すことで様子を見ることにした。
弥生も陰陽師としてかなり力を付けているし、道元に至っては国から認められるほど強力な力を持つ陰陽師である。そう簡単に雪平にやられるような者達ではないだろうと、この話は一旦様子を見ることになった。
黒稜は桜の呪いを解く術式を調べるために蔵へ。桜は変わらず家事や庭の手入れなどをしていた。
(そういえば、黒稜様のご両親のお墓はどちらにあるのかしら…)
ここ数年のことだが、この国では公共の墓地に関する制度が整備され、寺だけではなく墓地とする場所が各地に作られていた。
自分のことに手一杯で、嫁いできたというのに黒稜のご両親に挨拶すらできていなかった。
桜は胸の前で手をぎゅっと重なり合わせる。
稜介と桔梗のことを想うと、やはり胸が苦しくなる。何が出来るというわけでもないが、ただただ祈らせてほしいと桜は思った。
(あとで黒稜様に聴いてみよう…)
そう思ったところで、丁度黒稜の気配を感じ桜は振り返った。
「桜、休憩にしよう」
先日の闘いが嘘のように静かで穏やかな昼下がり。
桜と黒稜は、秋から冬に移り変わろうとしている木々を見つめながら、縁側で大福を食べながらのどかにお茶を飲んでいた。
「おいひい…です…!」
桜が嬉しそうに大福を頬張る様子を、黒稜は微笑ましく見つめる。
「それは良かった。先日、帝から持たされたものだ」
「こふっ…!」
桜は驚きで危く大福を喉に詰まらせるところだった。
「み、帝様、から!?」
「そうだ。よく知らんが、何かいい大福だそうだ。桜が気に入ったのなら、また用意しておくよう、伝えておこう」
桜は手の中の大福を見つめた。
(ばくばくと食べてしまっていたけれど、これってもしかして、とてもお高くて質のいいものだったのでは……?)
帝が食べるようなものを、桜が知るはずもない。しかしおそらく、自分のような一般市民とは比べものにならないような良いものを食べているのだろうと、桜は勝手に思っている。
先程の豪快さとは打って変わってちみちみと大福を食べる桜に、黒稜は思わず吹き出した。
桜はびっくりして黒稜を見る。
「な、何が、可笑しいの、ですか…!!」
「ふっ…すまない。さっきまであんなに大口を開けて大福を頬張っていたというのに、途端にちまちまと食べ始めるものだから、つい可笑しくてな」
「そんなに帝からの大福がすごいのか?」と言いながらも、黒稜はまだ笑っている。
黒稜がこんなにも笑う姿を見るのは、桜にとっては初めてだった。
(黒稜様も、こんなふうに笑うんだ……)
いつもどこか辛そうで、仏頂面の黒稜。
元は普通の人間だったはずの黒稜があやかしになってしまったのだ。それにも何かしら理由があるのだろう。
そんな辛い境遇の黒稜が、桜の前で初めて笑顔を見せた。桜にはそれが嬉しくて堪らなかった。
桜もつい笑みを零してしまう。