その日の夜、二人寄り添って眠った。
 暫くは雪平の襲撃もないものと思うが、協力者がいないとも限らない。なるべく傍を離れないようにと、黒稜は桜を抱きしめた。
 色んなことがありすぎて酷く疲れていたせいで、桜はすぐに眠りに落ちた。

 夢を見た。
 あまりに鮮明で、自分が今経験しているかのようなそんな夢だった。


 桜の舞う、温かな午後。
 小鳥たちのさえずりが聴こえて、まさにのどかな景観だった。

 そこは御影邸の庭園。季節の花々が咲き乱れて、色鮮やかな世界を作り出している。
 そこに一人の着物の女性がおり、しゃがんで土いじりをしていた。

 桔梗柄の着物の裾や腕が土だらけになることも厭わずに、熱心に花の種を植えたり、剪定したりしている。どこかから忙しなく肥料を運んで来ては、順番に蒔いていく。
 その様子を、桜は俯瞰して見ていた。

(ここは確かに黒稜様のお家のはず……)

 辺りを見回す桜。自分が毎日見ているお屋敷で間違いないようだった。
 しかし彼女は一体誰だろうか?

(黒稜様の、ご家族の方かしら?)

 花壇にしゃがみ込む女性の目元が、なんとなく黒稜を彷彿とさせて、桜は咄嗟にそう思った。

 桜が間近で見ていても、彼女が気が付く様子は全くない。
 黙々と庭で作業する女性を見ていると、庭に面した襖が空いて、ぼさぼさ頭の男性が顔を出した。

「おーい、また朝から土いじりかい?」

 眼鏡を掛けたぼさぼさの男性は、まだ寝ぼけ眼ながら女性に声を掛けた。

「あら、ようやくお目覚めですか、稜介(りょうすけ)様」

 振り向いた女性はとても綺麗な顔をしていて、涼やかな切れ長の目元に優しく皺を刻んだ。

「いやぁ、また調べものをしていたら、そのまま眠ってしまったみたいで…」
 申し訳なさそうに頭の後ろを掻く男性は、穏やかそうな頼りなさそうな表情で笑った。

「こんなに美人な妻をほったらかしにしてお仕事だなんて、怒らないのは私くらいのものですよ」
「いや本当に悪かった!許してくれ、桔梗(ききょう)
 真剣に謝る稜介に対して、桔梗と呼ばれた女性は可愛らしく頬を膨らませると「冗談です」と言って優しく笑った。
 「勘弁してくれよぉ」と困ったように笑う稜介も、なんだか嬉しそうだった。

(素敵なお二人だわ…)

 二人の様子を微笑ましく見守る桜。

(きっとこのお二人は、黒稜様のご両親だ)

 桜はそう確信した。
 稜介の少しくせっ毛な綺麗な黒髪。桔梗の涼やかな少しつり気味の目元。黒稜にそっくりだと思った。

 家も今よりも生き生きとしていて、活気があるような気がした。
 住んでいるのは二人だけだとは思うが、小さなあやかし達が賑やかにそこかしこを走りまわっている。

(これは夢ではなくて、もしかして過去?私は今、過去を見ているの?)

「今日はこのあと、少し街の方を見回ってくるよ」
「またあやかしが悪さをしているのですか?」
「悪さ、と言う程ではないさ。向こうも間違えて人里に降りて、困っているんだろう。少し話してみるつもりだ」
「分かりました。稜介様って、なんだがあやかしの先生みたいですね」
 ふふっと笑う桔梗に、稜介はまた照れたように頭を掻く。

「そんなんじゃないさ。ただ、あやかしと言っても、人間と同じように色んな奴がいる。話せばきっと分かってくれる」
「そうですね」
 「じゃあ行ってくるよ」と言って、稜介は街へと降りて行った。