それから数日経って、大分秋も深まってきた日のこと。
「今日は、十五夜ですね」
『そうだな』
桜と黒稜は縁側へとやってきて、静かに腰を降ろした。
庭には色とりどりの花が咲き誇っていて、その真上にまん丸の大きな月が輝いていた。
お団子とお酒と、裏庭で取れたお野菜をお月様にお供えする。
桜は街で有名なお団子屋さんで買ってきたお団子を、ぱくっと頬ばる。
本当は手作りする予定ではあったのだが、黒稜の大怪我の件もあって、ばたついてしまい、あれよあれよという間に、十五夜の日を迎えてしまった。
落ち込む桜に、黒稜が美味しいと有名なお団子屋さんを紹介してくれ、うきうきで購入してきたのである。
「んんっ!!」
とろけるような生地に包まれた、これまた優しい味わいの餡子に、桜の頬っぺたは落ちそうになった。温かな日本茶がこれまたよく合うのだ。
桜がお饅頭に感動しているようすを、お酒を飲みながら見ていた黒稜はふっと思わず笑みを零した。
『本当に甘い物が好きなのだな』
「はいっ!」
月を見上げながらお団子を頬張る桜。
その隣で静かにお酒を飲みながら、黒稜は、自分ももう前を向いて進むべきなのかもしれない、そう思い始めていた。
桜と過ごして、早数か月が経った。
絶望したように御影家にやってきた桜は、懸命に家事をこなしてくれている。
北白河家の令嬢であるはずの桜が、どうしてあんなにも暗い表情で、何の荷物も持たずに来たのか、本当のところは黒稜にも分からなかった。
様子を見る限り、あまりいい扱いをされてこなかったのかもしれない。
しかし桜は黒稜が大切にしていた庭も、同じように大切に世話をしてくれている。毎日の水やりは欠かさないし、雑草や剪定など、気を遣ってくれている。
黒稜には桜がとても心優しい子なのだろうことは、すぐに分かった。
桜も少しずつこの家に慣れてきたのか、今では穏やかな表情を浮かべることが多くなった。
甘い物を食べた時に見せる年相応な可愛らしい顔も、くるくると目まぐるしく変わる表情も、黒稜自身も気が付かぬうちに、黒稜の心の傷を少しずつ包み込んでくれていた。それに傷を癒してくれた恩もある。
(私のような者の傍に、このまま彼女を置いておいてもいいものだろうか…)
帝は夢見の力を持つ陰陽師だ。桜と黒稜の生活も、夢に視ていたはずだ。
二人が一緒にいることによって変わる未来も、知っているのかもしれない。
黒稜は浅く息をついた。
黒稜の境遇を知っていながら、帝は今までと変わりなく黒稜に接してくる。
急に結婚しろ、などと言ってきた時には驚いたものだが、一度言ったらきかないやつだ。黒稜は渋々その命に従った。
だがやはり、悪い話ではなかったのかもしれない。
「黒稜様、食べて、いらっしゃいますか?」
『ああ、食べているよ』
桜は穏やかな笑みを浮かべる。
陰陽師の力を失い、聴力を失った桜にとっても、ここが気楽な場所になればいい。
(いずれ、話さなくてはなるまい。私は本来、人並みの幸せを得られるような立場ではないのだから…)
黒稜は少しずつ決意を固める。
それによって桜が、黒稜の元を離れることになったとしても、黒稜には桜に話さなくてはいけないことがあった。