ユートピアに落下




なんだ、なんだよ。
何を焦っているのか。


心地が悪い。行き場がない。おさめる手段が湧かない。こんな思いするをなんておかしい。



「や、でも風邪引くだろ、俺はべつに」

「いーの。たのしいを提供してくれたお礼」



スマホの画面をパッと見て時間を呟いた彼女は、それを鞄に入れて。すこし様子を見るようにキョロキョロと外に視線を投げた。


すこし弱まっていることを確認したのか、ふう、と一呼吸を告げたその横顔も今までよく見たことすらなかった。なのに。



「じゃーね」



笑みを綻ばせて此方に視線を向けた天辻は、ひらりと背を向けて、外に飛び出そうと足を踏み出す。


それがスローモーションに見えた。鼓動が、大きく鳴った。


おかしいだろ、と何度目かの疑問。おかしい。


その肩に手を伸ばして掴んだ。



「ん、わっ」



走り出してしまいそうだった彼女は、俺が引き止めたせいで勢いよく後ずさった。



「なっ何? びっくりしたー、」



肩を縮こませてゆっくり振り向いたその驚いた表情を見て悟る。こんなのおかしい、わからない、なんで引き止めたのかもわからない、理解できない。


ああでもこれだけはひとつわかる。


ひとつだけ、確かな。



「成澤?」

「……天辻、」



確かな衝動が。


合った瞳がまるくなった。たったひとつのことで乱れたペースが気に食わないけど、それでもいいような。


今っていう衝動が。



「おまえのこと知りたい」



突然降り始めた夕立のように、鮮明に、駆け巡ってやまない。やまない雨が、やまないままでいてくれないかと思い込んだ真ん中に。


天辻みやこは佇んでいた。








〘 夕立 〙
fin