「なに? 成澤」
だって雨の日はフィルターかかってしまう。
「 ' 私はべつに特別な扱いしてほしーとか思わないんだけど ' ……だったっけ?」
「何で覚えてるの。しかも声真似ぜんぜん似てないしっ」
なぜか両手をきゅっと握りしめて裏声で真似をし出した彼、成澤に、ちょっと笑ってしまった自分がきびい。声と裏腹に表情筋はあまりに働いてないし寄せる気1ミリもないこと実感してもう何でもよくなる。
雨の日って、夏って、今、なんでこんなに、こんな思いをするのかなんて。何でもいい。良くない。欲、しか。
「覚えてるよ流石に。あの口説き文句はちょっとキた、色々」
「ふぅん。正直何でもよかったくせに」
「何でもいいって思って言ってたならおまえソートーやばい女だね」
「今さら? そろそろ知っててよ」
物理的距離が、彼の指先が近づてくることで決壊した。濡れていない左手、髪が張り付いた私の頬、存在感を出したいのか最後の余韻でも残したいのか耳をさす雨音。
触れた指先に自分の手を重ねると、もう笑うのをやめたくなった。呑まれる。彼の眼。逸らすのが勿体ないくらいきれいな黒で。
背伸びをした、ローファーが冷たいことを認識して。鞄を落とした、欲しかなくて。
ああこれもベッタベタなシチュエーションかもね、だよね。わかってて触れ合うんだから何言われてもカンケーないかも、ね。
つめたい感触が軽く触れたあと、すこし離れて目が合う。
「成澤、見すぎ」
「そっくりそのまま返し、」
もうすこし背伸びをしたの、許してほしい。自分から触れた唇が温かくなればいいなんて願望だから。