「懐かしいとか言ってる場合? 俺忙しいんだけど」
「すぐに電話出たのに忙しいってもはやボケでしょ…」
ため息をつくなり傘をシャッターに立て掛けて、羽織っていたパーカーを脱ぐ彼はちょっと気だるそうにしている。でもこれ常だ。私が電話かけておいてなんだけどこういうところ、いつでも変わらない。
一瞬弱まった雨がまたすこし激しさを増した。この人がボケたからなんじゃないかとまた揶揄うために口を開いた私に、無造作にパーカーが投げられる。反射神経が悪すぎて顔でキャッチ、なんていうのも逆に揶揄われてしまいそうだ。
「別に寒くないよ」
誤魔化すようにパーカーを避けて彼の顔を覗き込むとやっぱり眉を顰めた表情が私に向く。
「あのさ、寒暖はどーでもいいんだよ。配慮だよ、配慮。そういう用途で俺を呼んだんじゃねーの?」
「……配慮、」
配慮。
思わず反芻する。首を傾げれば彼は迷ったように目を逸らして、右手で自分の胸元を指さした。
「そういうつもりなかったけど、さぁ、」
ああそういうことか、と納得しながら投げつけられたパーカーを羽織ってジッパーを引き上げる。べつにこういうこと言ってほしくて、してほしくて言ったんじゃないのにな、なんて言ってもたぶん怒るだろうな。
じゃあ何が正解か適切か、考えつくのはいつもの私の返答で。逸らした眼、簡単には見透かしてくれない。
だって。
うーん。
「しっかり見てんだ? こういうとこは」
「見せてんでしょ。やっすい煽りは懲り懲り」
「ベッタベタなシチュも懐かしいね」
「……天辻」
だって。