1
兄貴は、カーラに頼んで、黒龍の血や泥がこびりついている、わたしたち全員を、魔法で洗浄させた。
洗浄魔法は、水属性の魔法使いなら、誰でもできる基本的な魔法だ。
そのあと、今度は、わたしが全員の服を乾かした。
衣服を乾かす魔法は、火属性の魔法使いの、これまた基本的な魔法だった。
「遺品を探さないといけないな――」
兄貴が、ぽつりといった。
そうだ。
最初の目的は、一番上の兄上の遺品を探すことだった。黒龍を倒すことではない。
「明日にしようよ。今日は、大変だったし……」
カーラが、疲れ切った声をあげた。
「無理しないでください。わたしも、こんなに大変だとは思ってなくて……。明日以降で、ご都合の良いときに、お願いしたいです」
さすがに、これ以上迷惑をかけたくないので、カーラに賛同した。
「アンジーも、そういってるし、明日、また来ようよ。装備も、もっと整えて――実は、使ってみたい魔道具があるんだ」
あれ? こいつ、こんなに積極的だった?
わたしと兄貴が一緒に行動するのを、嫌がってたんじゃなかったの? また、ついてくるつもりなの?
「いや、遺品を探すなら、急いだほうがいい」
兄貴は、ゆっくり立ち上がった。腕をぐるぐるまわし、問題なく動けるか試している。
「黒龍には〝巣〟があって、いろいろなモノを溜めこんでいる。そこに、あなたの兄上の遺品がある可能性が高い。だが、黒龍が死んだとなれば、他の魔物がそこに入りこんでくる。〝巣〟のなかのモノには、黒龍の魔力が宿っている。魔物のなかには、肉以外のモノでも、魔力の宿るモノなら何でも食ってしまう、魔力食いがいる。――急がないと、そいつらに、兄上の遺品が食われてしまうかもしれん」
「でも、〝巣〟の場所が、すぐにはわからないんじゃ……?」
わたしが尋ねると、
「――いや、すぐにわかる方法がある」
「――黒龍の魔石をつかうのね!?」
カーラが、わたしがわからないのを馬鹿にするように口をはさんだ。
「――そうだ」
兄貴は、首のない黒龍の遺体に近よりながら、説明してくれた。
「魔石には、魔力が蓄えられていて、触れると鈍く光るんだが、黒龍の魔石は、巣に近ければ近いほど、その輝きが増すんだ。――これは、巣が魔力だまりになっていて、同じ魔力同士が引きあっているからだ」
いいながら、兄貴は、倒れた黒龍のちぎれた首の断面に手をつっこんだ。
あっという間に、腕のつけねまで、ずぶずぶと胴体の内部に入ってゆく。黒龍の血が飛び散って、せっかくきれいになっていた兄貴の全身が、血まみれになった。
兄貴は、顔をしかめながら、黒龍の胴体のなかを探って、なかなかみつからないのか、一度腕を引き抜いて、大きく息を吐いて吸った。
もう一度、ちぎれた首の断面に、今度は違う角度で、手をつっこんだ。また、眉を寄せ、しかめ面になる。が、あっと声を上げると、肩口まで入り込んでいた腕を、ゆっくりと引き抜いた。手の先に、何か黒い塊をつかんでいる。
わたしは駆けよって、兄貴のそばに、取り出したモノを置くための四角い布を敷いた。何があるかわからないので、清潔な乾いた布を、たくさん用意してあるのだ。
兄貴は、取り出した塊に、もう一方の手をそえて、慎重に、布の上におろした。
「……すまん。敷布が汚れてしまった」
わたしは、そんな事気にせずにと、笑ってうなずいた。
兄貴は、おろした黒い塊を敷布のあまった部分でぬぐった。
こびりついた血や内臓の破片がぬぐわれて、赤い透明な、割れたステンドグラスの欠片にみえなくもない、こぶし大の石がそこにあった。
「カーラ、少しだけ魔力を指に集めて、これに触れてみてくれ」
カーラが、恐るおそる石に触れた。
カーラが触れた途端、魔石の中心部に、かすかな光が生まれた。
「10歩ぐらい、石を持って、森のほうへ歩いてみてくれ」
カーラが魔石を両手でつかんで、森に近づくと、魔石の内部の光が、こころもち明るくなった。
「こっちに戻ってくれ」
カーラが魔石をかかげて戻ってきた。
魔石の光が暗くなり、兄貴とわたしのそばまで戻ると、顔を魔石近くに寄せて、眼を見開いてみないとわからないくらい、かすかな光となった。
「よし、行こう!」
兄貴は、カーラから魔石を受け取ると、森へ歩き始めた。
「――カーラ! きれいにしてあげて!」
わたしは、あわてて叫んだ。
カーラは、むっとした顔で、
「わかってる」
ふたたび洗浄魔法が使われ、兄貴の上半身についた黒龍の分泌物がすべてぬぐわれ、清潔に、さらにカッコ良くなった。
2
魔石をみつめながら、兄貴とわたしたちは、森に踏みこんだ。
黒龍が通過したせいで、見あげるほど高い木々が倒され、幹が裂け、枝が折れている。ダンジョン内魔力を吸い、青々としていた木の葉も魔力を失い、真っ黒になって、四方八方に散らばり、下草を覆っている。
龍の歩いた跡は、こげ茶色の土がむき出しになり、そのまわりの細い稲の葉のような雑草が、半分焦げたように、黒く変色していた。
進むにつれて、兄貴の持つ魔石の発する光が、だんだんと強くなってくる。その光が、わたしたちの周囲を照らすくらい、眩しく大きくなった。
ふいに、木々が途切れた。
――数歩先の地面が、歩くべき道が、ない!
兄貴は、あわてて止まり、わたしとカーラは兄貴の背中に衝突した。
「――気をつけろ!」
兄貴は、わたしたちの前に、筋肉の盛りあがった長い腕を突き出して、どなった。
崖だった。
みおろすと、深い深い谷間が、眼の前にあった。
わたしとカーラは言葉を失い、呆然と谷底をみつめていた。谷底の地面はみえず、濃い灰色の霧が、河口近くの河のように、ゆっくりと流れている。
そのあいだ、兄貴は、崖にそって左右に走り、崖を降りる手段を探していた。
わたしも、おそるおそる首を突き出し、こちら側の絶壁を、眼が痛くなるぐらい集中して、降りられる階段や斜路がないか探した。
が、そんな便利なものがあるはずもなかった。
絶壁には、風で浸食された切り傷のような裂けめが随所にあった。
そこに手や足先を引っかければ、壁をつたって降りられる? いや、絶対に無理だった。この高さだと、兄貴はともかく、わたしとカーラは途中で指の体力がつきて、下に着くまでに落下してしまうにちがいない。
下をのぞき込んでいたわたしの肩が、誰かに軽く叩かれ、あやゆく落ちそうになった。カーラ、やめてよ、といおうとしたら、戻ってきた兄貴だった。
兄貴は、同じように崖の下をのぞき込んでいたカーラと、わたしの手をつかんで引っ張り、立たせた。わたしたちが、あまりに顔を突き出しているので、落ちそうにみえ、あわてたらしい。
「向こうに、下へ行けるかもしれない洞窟があった。そこに潜ってみようと思う」
わたしとカーラは、思いっきりうなずいて、兄貴のあとについていった。
洞窟は、左の草むらを抜けてすぐのところだった。入口を、数本の低木の曲がりくねった枝と丸い葉が覆っていて、わたしなら気づかず、通りすぎそうだった。
「一度、俺だけで入ってみる」
兄貴は、魔石を取り出した。目的地が近いのか、ますます強く光っている。この明るさなら、充分、照明替わりになる。
「わたしも一緒に――」
カーラがいいながら踏み出すと、兄貴は、怖い顔で手のひらをグッと突き出し、止めた。
カーラは、珍しく、それ以上何もいわなかった。
兄貴のあの顔は、覚えがある。あの顔をしたときの兄貴は、何をいっても何をしても、梃子でも動かないのだ。
兄貴は、カーラに頼んで、黒龍の血や泥がこびりついている、わたしたち全員を、魔法で洗浄させた。
洗浄魔法は、水属性の魔法使いなら、誰でもできる基本的な魔法だ。
そのあと、今度は、わたしが全員の服を乾かした。
衣服を乾かす魔法は、火属性の魔法使いの、これまた基本的な魔法だった。
「遺品を探さないといけないな――」
兄貴が、ぽつりといった。
そうだ。
最初の目的は、一番上の兄上の遺品を探すことだった。黒龍を倒すことではない。
「明日にしようよ。今日は、大変だったし……」
カーラが、疲れ切った声をあげた。
「無理しないでください。わたしも、こんなに大変だとは思ってなくて……。明日以降で、ご都合の良いときに、お願いしたいです」
さすがに、これ以上迷惑をかけたくないので、カーラに賛同した。
「アンジーも、そういってるし、明日、また来ようよ。装備も、もっと整えて――実は、使ってみたい魔道具があるんだ」
あれ? こいつ、こんなに積極的だった?
わたしと兄貴が一緒に行動するのを、嫌がってたんじゃなかったの? また、ついてくるつもりなの?
「いや、遺品を探すなら、急いだほうがいい」
兄貴は、ゆっくり立ち上がった。腕をぐるぐるまわし、問題なく動けるか試している。
「黒龍には〝巣〟があって、いろいろなモノを溜めこんでいる。そこに、あなたの兄上の遺品がある可能性が高い。だが、黒龍が死んだとなれば、他の魔物がそこに入りこんでくる。〝巣〟のなかのモノには、黒龍の魔力が宿っている。魔物のなかには、肉以外のモノでも、魔力の宿るモノなら何でも食ってしまう、魔力食いがいる。――急がないと、そいつらに、兄上の遺品が食われてしまうかもしれん」
「でも、〝巣〟の場所が、すぐにはわからないんじゃ……?」
わたしが尋ねると、
「――いや、すぐにわかる方法がある」
「――黒龍の魔石をつかうのね!?」
カーラが、わたしがわからないのを馬鹿にするように口をはさんだ。
「――そうだ」
兄貴は、首のない黒龍の遺体に近よりながら、説明してくれた。
「魔石には、魔力が蓄えられていて、触れると鈍く光るんだが、黒龍の魔石は、巣に近ければ近いほど、その輝きが増すんだ。――これは、巣が魔力だまりになっていて、同じ魔力同士が引きあっているからだ」
いいながら、兄貴は、倒れた黒龍のちぎれた首の断面に手をつっこんだ。
あっという間に、腕のつけねまで、ずぶずぶと胴体の内部に入ってゆく。黒龍の血が飛び散って、せっかくきれいになっていた兄貴の全身が、血まみれになった。
兄貴は、顔をしかめながら、黒龍の胴体のなかを探って、なかなかみつからないのか、一度腕を引き抜いて、大きく息を吐いて吸った。
もう一度、ちぎれた首の断面に、今度は違う角度で、手をつっこんだ。また、眉を寄せ、しかめ面になる。が、あっと声を上げると、肩口まで入り込んでいた腕を、ゆっくりと引き抜いた。手の先に、何か黒い塊をつかんでいる。
わたしは駆けよって、兄貴のそばに、取り出したモノを置くための四角い布を敷いた。何があるかわからないので、清潔な乾いた布を、たくさん用意してあるのだ。
兄貴は、取り出した塊に、もう一方の手をそえて、慎重に、布の上におろした。
「……すまん。敷布が汚れてしまった」
わたしは、そんな事気にせずにと、笑ってうなずいた。
兄貴は、おろした黒い塊を敷布のあまった部分でぬぐった。
こびりついた血や内臓の破片がぬぐわれて、赤い透明な、割れたステンドグラスの欠片にみえなくもない、こぶし大の石がそこにあった。
「カーラ、少しだけ魔力を指に集めて、これに触れてみてくれ」
カーラが、恐るおそる石に触れた。
カーラが触れた途端、魔石の中心部に、かすかな光が生まれた。
「10歩ぐらい、石を持って、森のほうへ歩いてみてくれ」
カーラが魔石を両手でつかんで、森に近づくと、魔石の内部の光が、こころもち明るくなった。
「こっちに戻ってくれ」
カーラが魔石をかかげて戻ってきた。
魔石の光が暗くなり、兄貴とわたしのそばまで戻ると、顔を魔石近くに寄せて、眼を見開いてみないとわからないくらい、かすかな光となった。
「よし、行こう!」
兄貴は、カーラから魔石を受け取ると、森へ歩き始めた。
「――カーラ! きれいにしてあげて!」
わたしは、あわてて叫んだ。
カーラは、むっとした顔で、
「わかってる」
ふたたび洗浄魔法が使われ、兄貴の上半身についた黒龍の分泌物がすべてぬぐわれ、清潔に、さらにカッコ良くなった。
2
魔石をみつめながら、兄貴とわたしたちは、森に踏みこんだ。
黒龍が通過したせいで、見あげるほど高い木々が倒され、幹が裂け、枝が折れている。ダンジョン内魔力を吸い、青々としていた木の葉も魔力を失い、真っ黒になって、四方八方に散らばり、下草を覆っている。
龍の歩いた跡は、こげ茶色の土がむき出しになり、そのまわりの細い稲の葉のような雑草が、半分焦げたように、黒く変色していた。
進むにつれて、兄貴の持つ魔石の発する光が、だんだんと強くなってくる。その光が、わたしたちの周囲を照らすくらい、眩しく大きくなった。
ふいに、木々が途切れた。
――数歩先の地面が、歩くべき道が、ない!
兄貴は、あわてて止まり、わたしとカーラは兄貴の背中に衝突した。
「――気をつけろ!」
兄貴は、わたしたちの前に、筋肉の盛りあがった長い腕を突き出して、どなった。
崖だった。
みおろすと、深い深い谷間が、眼の前にあった。
わたしとカーラは言葉を失い、呆然と谷底をみつめていた。谷底の地面はみえず、濃い灰色の霧が、河口近くの河のように、ゆっくりと流れている。
そのあいだ、兄貴は、崖にそって左右に走り、崖を降りる手段を探していた。
わたしも、おそるおそる首を突き出し、こちら側の絶壁を、眼が痛くなるぐらい集中して、降りられる階段や斜路がないか探した。
が、そんな便利なものがあるはずもなかった。
絶壁には、風で浸食された切り傷のような裂けめが随所にあった。
そこに手や足先を引っかければ、壁をつたって降りられる? いや、絶対に無理だった。この高さだと、兄貴はともかく、わたしとカーラは途中で指の体力がつきて、下に着くまでに落下してしまうにちがいない。
下をのぞき込んでいたわたしの肩が、誰かに軽く叩かれ、あやゆく落ちそうになった。カーラ、やめてよ、といおうとしたら、戻ってきた兄貴だった。
兄貴は、同じように崖の下をのぞき込んでいたカーラと、わたしの手をつかんで引っ張り、立たせた。わたしたちが、あまりに顔を突き出しているので、落ちそうにみえ、あわてたらしい。
「向こうに、下へ行けるかもしれない洞窟があった。そこに潜ってみようと思う」
わたしとカーラは、思いっきりうなずいて、兄貴のあとについていった。
洞窟は、左の草むらを抜けてすぐのところだった。入口を、数本の低木の曲がりくねった枝と丸い葉が覆っていて、わたしなら気づかず、通りすぎそうだった。
「一度、俺だけで入ってみる」
兄貴は、魔石を取り出した。目的地が近いのか、ますます強く光っている。この明るさなら、充分、照明替わりになる。
「わたしも一緒に――」
カーラがいいながら踏み出すと、兄貴は、怖い顔で手のひらをグッと突き出し、止めた。
カーラは、珍しく、それ以上何もいわなかった。
兄貴のあの顔は、覚えがある。あの顔をしたときの兄貴は、何をいっても何をしても、梃子でも動かないのだ。
