月曜日。今日から救済の活動が始まる。
 放課後になって指定された空き教室で待っているけど、今は何もしていない。校長から何か案がでるのかは金谷先生が伝えてくれる手筈になっているから、肝心の先生が来ないことにはどうしようもない。
 それまで俺たちは自分のことをして待つことに決めた。俺と瀬戸さんは早速出された宿題をこなし、本田先輩は反省文を書いている。億劫になるものだけど、やることがまったくないよりはマシである。
 金谷先生は俺たちが集まって30分ほどで来た。
「みんなお待たせ。それで活動のことなんだけど、結局何も案が出ませんでした」
 観念して悪事を自白するようなテンションで告げられた。
 でも予想はしていたからあんまり驚きもせず受け入れていた。
「なので、活動内容を決めることから始めますね。あ、それと私はこの活動を監督することになったので、改めてよろしくねみんな」
 部活ではないけど、先生が誰もつかないわけにはいかないか。先生ならしっかりしているから安心できる。
「では、何か思いついたらどんどん言ってください」
「はい」
 真っ先に本田先輩が手を挙げた
「はい、本田さん」
「町のボランティア活動」
 無難な意見だけど、まったくの0から咄嗟に意見が出るのはすごいなと思った。
「あー……実は生徒会が既にやってるのよね」
「えー」
 がっくしとテロップが着きそうな勢いで机に項垂れた。
「はい」
「はい、瀬戸さん」
「案というより、既に行っていることやいい成績を残した活動を教えてもらえますか?それがわからないと案の出しようがありません」
「わかりました」
 金谷先生は持ってた紙を見ながら瀬戸さんの質問に答えた。
 けどその量が予想を大幅に上回り、もはや俺たちができることは残されてないんじゃないかってくらい出て来た。金谷先生の口が動くたびに俺のモチベーションは下がり、瀬戸さんと本田先輩の顔からは表情が消えていた。
「どうしろってんだ……」
「こんなに好成績残してたんだねうち」
「むしろ私達のやることないんじゃないですかね」
 座っている俺たちはお通夜モードに突入してしまった。まさかの量にびっくりしつつ絶望が俺を支配した。
 何も意見が出ないまま一時間くらい経過したとき、金谷先生の提案でいったん休憩することになった。金谷先生は一旦職員室に戻るために教室を後にした。
「全然決まらないよ~」
「正直予想外でした。同時に自分がいかに通っている学校のことを知らないんだって実感しました」
「けど、このままじゃ何もできずに終わっちゃう」
 必死に頭を回転させるが、先生が置いていったメモが視界に入ると絶望しか残らなくなる。
 10分ほどで先生が戻ってきて会議を再開させたけど、下校時刻になるまで案はひとつも出なかった。
「今日はここまでだね。また明日じっくり考えましょう」
 一歩も進むことなく最初の活動日は終わってしまった。
 誰も口を開けずに校門へ向かって歩いていた。
「あ、ねえねえ。せっかくだからちょっと遊んでいこう。結成記念の懇親会だよ」
 本田先輩が元の明るさを取り戻して提案してきた。
 そういえば俺は瀬戸さんのことも本田先輩のこともほぼわからない。いい機会かもしれないな。
「いいですよ」
「私も大丈夫です」
「やったー。じゃあ早速行こう。いいところ知ってるんだ」
 俺と瀬戸さんの背中を押して学校を出た。
 やってきたのはカラオケだった。けどクラスメイトと来たチェーン店じゃなく地方に一箇所あるほぼ個人経営に近いお店だ。だから機種は古いけどかなり安く使えた。
「トップバッターは私だー」
 大声で宣言して歌い出したのはまさかのゆったりとしたバラード。あのテンションならロックやアップテンポだと思っていたのにとんでもない変化球を入れてきたな。
 でも同時に驚いた。この曲は俺が好きな、あまり知られていないゲーム『崩壊都市と月の夜の散歩』のオープニングで中学の時は配信されてなかった。まさか歌えるようになっていたとは
「いえーい」
 バラードを歌った後とは思えない元気なVサインを向けた。
「先輩『崩壊都市』知ってたんですね」
「え、明石君も知ってるの!?」
 俺がゲームの名前を出すとものすごい食いついてきた。が、気持ちはわかる。このゲームは埋もれてしまっているのがもったいないくらい、いいゲームなんだ。
「はい。妹が好きで、そのプレイを見てた俺もハマったんです」
「あ、妹さん。へえ、いいセンスしてる!」
「先輩、それはどんなゲームですか?」
「お、瀬戸ちゃん気になる?」
「お二人が盛り上がっていれば少しは気になります」
「明石君、瀬戸ちゃんを沼らせるよ」
「はい」
 簡単に言うと疫病で文明が滅びた世界で数少ない生き残りの少年が、たまたま生きてた無線で会話した女の子を探すという話だ。その道中で出会う浮遊霊やアンドロイドとの一期一会のやり取りが切なく、儚くてたまらない。
「廃墟を探索するゲームですか……今度調べてみよう」
 最後ボソッと喋ったつもりだったんだろうけど、俺にははっきり聞こえた。それは先輩も同じだったようで
「やったらたくさん語り合おうね」
 と、詰め寄っていた。
「……考えておきます」
 ほら、萎縮しちゃってますよ。でも、好きなものを他の人が興味持ってもらえるのは嬉しい。調べてくれたらありがたいな。
「では私ですね」
 瀬戸さんもバラードだった。ただ全部が全部バラードではなくアップテンポなところもある抑揚が激しい曲を歌った。
「うまいね。これなんの曲?」
「三崎栞さんの『追い風に乗って』って小説が原作のアニメの第二クールのエンディングよ。駅伝の話」
「え、あれアニメ化してたの!?」
「ええ。二年前にね」
 長らく映像化されていないからずっとそうだの思っていたらいつの間に。
「小説かー」
「先輩は本読まないんですか?」
「本はあまり読まないかな〜。でも有名だから昔読んだことあるよ」
「ならアニメもおすすめします。アニメではオリジナル要素があるのですが、珍しくよかったので」
「おお、じゃあ要チェックだね」
「次は俺ですね」
 俺は最近のアニソンを歌った。けど可もなく不可もなくみたいな反応をされ俺だけ起伏がなかった。解せぬ。
 それからカラオケで2時間歌った後、ご飯を食べにファミレスに寄った。
「そういえば明石君って交換交流立候補したんだよね?どうして立候補したの?」
「え、立候補なの」
 先輩の質問に飲んでたコーラを気管に入れてしまいむせた。交換交流を立候補したことはまだ誰にも話していない。どこで情報を手に入れたんだ?
 でも、別に隠すことでもないから一から話した。
「思ったより重かった……」
「病気の妹のために将来を諦める。なんていいお兄ちゃんなんだ」
「でも行動力がすごい。好条件が重なったからって見ず知らずの土地に住むのってなかなか決断できない」
 まあ言われてみれば反射的に立候補したのかもしれない。でも後悔はしていない。
「ところで妹さんとの約束ってどんなこと約束したの?」
「先輩、さすがに踏み込み過ぎでは?」
「別にいいよ。妹が手術を待っている間に励ますために言ったんですけど」
 毎日涙を浮かべながら苦しそうにするのを見て、手術前に精神が持たないんじゃないかって怖い想像をしてしまった。何か乗り切れるような目標を持たせようと考えた。けどすぐには思いつかなかったけど、旅行前の会話をふと思い出し、これも反射的に星奈へ訴えていた。
『星奈、俺が預けられてたおじいちゃん家の夜景がきれいな場所行きたいって言ってたよな。行こう。俺が連れてくから。だから乗り越えよう』
と、看護師さんが止めに入るまで言い続けていたらしい。俺も無我夢中だったからその時の記憶はないが、星奈に初めて笑顔が戻って頷いたと母さんから聞いている。
「で、昔住んでたところがこの近くにあるんですよ」
「どこ、どこ?」
「前原集落です。確か二つ隣の駅からバスが出てるはずです」
「「……え?」」
「え?」
 二人の顔がそれまでの興味深々といった笑顔から戸惑ったものに変わった。
「どうかしましたか?」
「そこ、一昨年ダムが完成してもうないよ」
「……え?」
 先輩の言葉が一瞬理解できなかった。
「ダムが……できた?」
「うん。私のおばあちゃんも、実は前原集落に住んでたんだけど8年前にダムの建設が正式に決まったからこの町に降りて来て今も一緒に住んでるよ」
「……そんな」
 頭が理解するのを拒否してしまう。星奈との約束が守れない。そんなはずはないと思いたい。
 すぐにスマホを出して前原集落と検索を掛ける。
 しかしネットの無料辞典には無情にも
『前原集落はかつて××に存在した……』
と書かれていた。
「知らないのも無理ないよ。ニュースにもあんまりならなかったから」
「全国ニュースには一応なってたけど、あくまでも30年越しの計画がスタートっていう話題性だけでそれ以降は注目されなかったし……」
 瀬戸さんの話はそれ以降俺の耳には入ってこなかった。
 結局ご飯を食べ終わったらそのままお開きになってしまった。楽しい空気を台無しにして申し訳ない気持ちはあったが、星奈との約束が守れないということが重くのしかかり、何も手を付けられなかった。