星奈は二ヶ月前まで寝たきりだった。半年前旅行先から帰る新幹線の中で激しい頭痛を訴えて倒れた。すぐ近くに通過予定の駅があってそこへ緊急停車して一番近い病院へ運ばれたあとすぐに集中治療室に入っていった。
 けど、応急処置しかできなかったのか生命維持のために全身が管だらけの痛々しい姿になっていた。星奈は話すことも出来なくて痛いという思いが目から伝わってくる。体に刺さっている管が星奈の命を繋いでいるという現実に本人はもちろん、俺も辛かった。
 星奈を痛々しい姿に変えたのは脳腫瘍だった。悪性ではなかったのだけど、脳の血管の一部が奇形になってしまいそこから出血し、その血が固まって脳を圧迫したためにこんなことになったとお医者さんは説明してくれた。
 けど腫瘍ができた場所が非常に悪くて、神経が入り乱れるようにあるため、手術できるお医者さんは今いないという最悪な状況で、下手したら死ぬまで痛みに耐える生活を強いなければならない。
 でも奇跡が起きた。星奈が運び込まれた病院は世界で活躍する脳外科医の先生が来るところで、担当の先生がすぐにお医者さんに連絡を取った。返答はOKだった。四カ月待つことにはなったが、無事手術を受けることができた。そして半年ぶりに星奈と喋ることができ、管もその1週間後には抜け、一か月前からはリハビリも始まった。
 そんな時だからこそ、星奈が安心してリハビリできるよう、嘘も厭わない。
「そうなんだ、よかった」
「心配しなくてもなんだかんだボッチじゃなかっただろ?」
「そうだね。えへへ……」
 星奈のテンションが急に落ちた。
「どうしたんだよ」
「お母さんから聞いたの。お兄ちゃん、私の治療費で大学に行くの諦めたって」
(母さん。内緒にしとけって言ったのに……)
 心の中で悪態をついた。星奈は天真爛漫で大人しいという言葉が似合わないやつだけど何よりも優しいから責任感じて自分を責めちゃうから釘を刺しておいたはずなのに。
 星奈の治療費は決して安くはなかった。俺もやりたいことがあってその勉強をするために目標としてた大学があって、そこへ入れるよう頑張っていた。
「気にすんなって。別に好きなことができなくても生きてはいける」
「でも、すごく頑張ってたのに」
「まあな。大学に行けないのは残念だけど、それで星奈が助かるなら安いもんだ。それに、諦めたわけじゃない。そもそもこっちに来たのは進学に関係あるんだから」
「え?」
「え、母さんから聞いてない?」
「うん」
「話すならそこまで話してくれよ……」
 俺が交換交流を受けた理由は大きく三つあって、一つは内申。交換交流は学校の活動として内申がプラスされる。成績は問題ないけど、それだけでは特待生の推薦を受けるには厳しかった。それにもし大学に行くことができたら一人暮らししなくちゃいけないから、いい練習にもなる。二つ目は星奈とある約束をしていて、その準備がしやすかったこと。そして一番大きな理由は星奈の入院している病院が学校から近かったこと。つまり、推薦の点数稼ぎができて、星奈の見舞いにも気軽に行くことができ、約束の準備もできるという好条件が重なったからだ。特に親は手術が終わってからは治療費の支払いのために仕事を増やしたこともあって、なかなか会いに行けてなかった。だから俺が近くに住んでいればいざってとき好都合、ってのもある。
 星奈が俺の進学の話を聞いたのはリハビリ前で、まだどうするか悩んでいた時だった。
「そうだったんだ。謎は解けたぞー!!」
 星奈に笑顔が戻った。しかし母さんどんな話かたしたんだ?
 天然がかなり入っているとはいえ想像できなかった。
「じゃあお兄ちゃん、勉強頑張って」
「ああ、もちろん。それと、星奈も頑張ったら、約束な」
「うん。約束!」
「星奈ちゃん。そろそろやろう」
「はーい」
「では、よろしくお願いします」
「はい。任せてください」
 今日は30分ほどで終了し、明日に持ち越しになった。それから病室に戻った星奈と学校のことをたくさんはなし、女子の知り合いが二人もできたことに驚かれたり、退院したら母さんの料理が食べたいとか面会時間ギリギリまで話した。
「お兄ちゃん。また来てね」
「おう」
 エレベーターに乗るまで俺に手を振っていた。
「頑張りますか」
 誰も聞いてないエレベーターの中で思わずポロっと口に出た。