「交換交流で来ました明石星夜です。短い間ですがよろしくお願いします」
 未だに怒りのオーラを発する先生の横という居心地の悪い場所での自己紹介になってしまった。本当ならもっと喋りたかったけど早くこの場を去りたいっていうのが本音で正直もう耐えられる気がしない。
 クラスの人たちからは困惑の目を向けられていた。当然だ。先生が怒って転校生(正確には編入)を連れてきたらびっくりする。拍手は起こったけど、小さくまばらにしか起きなかった。
「では吉川さんの隣に座ってね」
「は、はい」
 ようやく解放されると安心できて、そそくさと指定された席へ向かった。
「あ、あのよろしくお願いします」
「う、うん。こちらこそ」
 お隣さんとの挨拶も一瞬で終わってしまった。
「ではホームルームを始めます」
 ホームルームは特に大きなこともなく、一日の流れを伝えて終わった。
 そして先生が出ていくと同時に俺の机にクラスの人たちが集結した。
「今日何があったの!?」
「あんな怖い先生初めて」
「何かやらかしたのか?」
 と、先生に関することを質問された。またあらぬ疑いまで掛けられてしまった。こういう時は転校生がどこから来たとか、趣味は何?みたいに質問攻めされるのがあるあるだけど、今日の先生の様子を見たら仕方ない。
 ひとまず誤解を解くこともあるから朝あったことを全部説明した。すると一部羨ましいという声が聞こえたけどほぼ全員に同情されてしまった。
「ああ、災難だったね」
「そりゃ大天使カナエルだって怒るって」
 なんかスゲー渾名が聞こえて来たぞ。天使化されてたのかあの先生。拝めば願い事叶えてくれるのかな?
 けど、隠さず説明したのが良かったのか俺の印象は悪くはなさそうだった。すぐに俺はようやくあるあるの質問攻めを受けることができた。
 そして放課後クラスの人たちが歓迎会を開いてくれることになった。交換交流だと一人が好きな奴が多くてこういうことはあまり行われないと聞いていたから嬉しいし、クラスに馴染めそうで安心した。ただ慰め会という言葉も聞こえて来たのは気のせいということにしておこう。
 しかし教室を出たところで放送で俺は呼び出しを喰らった。
「なんだろう?」
「わからないけど、行ってくる」
 どんな要件かわからないから隣の男子の三郷と連絡先を交換し、終わったらメッセージを入れる約束をして職員室へ向かった。
 職員室に行くと奥の教頭先生の机に案内された。そこには金谷先生もいる。
 教頭先生は不機嫌な態度を隠さずにいて空気が悪い。そして俺が教頭先生の机の前に行くといきなり強い口調で話始めた。
「君は今朝、金谷先生の下着を見たらしいな」
「ちょっと教頭先生!!」
 教頭先生の一歩間違えばセクハラになりそうな言葉に金谷先生がすごい剣幕で迫った。
「あれは事故です。本田さんが原因ってわかったじゃないですか。彼も被害者です!それにその件については明石君とは和解してます!!」
「だとしても!!……どんな理由であれ、女性の下着を見ておいて何のお咎めないなど、そんなことはあってはならない。言語道断だ!!君には罰を受けてもらう」
 当人同士で和解したって言ってるのにこの人は何を言っているんだ。確かに女性の下着を見てしまった罪悪感はある。でも金谷先生からは許しをもらっているのに罰なんて納得できない!!
「横暴です!!私は許してるし、校長もそれでいいとおっしゃっています」
「それを許せば事故を装って似たようなことをやる輩が出る!そうならないためにも彼に罰を与えなければならないのだ!!」
 もう言ってることがメチャクチャだ。
「何だね騒々しい」
「校長先生」
 金谷先生に校長と呼ばれた人は不機嫌そうにドアを閉めた。60代くらいの小柄な男で黒白半々くらいのヒゲを生やし、丸い眼鏡が特徴的な人だ。
「校長。なぜ女性の下着を見た不埒者に罰を与えないのですか」
「……教頭先生、またですか。話は伺ってますよ。そしてその話を聞いた限りでは、彼に非は全くないと判断しただけです」
「しかし!!」
「……はぁ。わかりました。この件は一旦私に預けさせてください。……いいですね?」
 校長先生は顔を教頭先生にかなり近づけていたので表情は見えなかったが、背筋が凍るような圧力を感じた。
「わ、わかりました。では私は外回りに向かいます」
 逃げるように教頭は外へ出て行った。そして校長先生は教頭が外に出たのを見ると今度は俺の方に来た。
「明石君だったね。編入初日からトラブルに巻き込んでしまい、申し訳ない。学校を代表して謝罪する」
 ゆっくりと頭を下げて謝られてしまった。さっきまでの凄みはなく、気さくで話しやすい雰囲気で緊張していても無意識に言葉が出て来た。
「あ、その、とんでもないです」
「それとすまないがこれから校長室で話がしたいから来てくれないかな。金谷先生もいいですかな?」
 と、言われても断る選択肢はないと思う。教頭の理不尽は校長先生に一任されたから、話を聞かないわけにはいかない。
「はい」
「わかりました」
 そう答えるとお礼を言ってから校長室のドアを開けた。俺と金谷先生は中へと入っていく。