待ちに待った土曜日が来た。
 9時には病院に着いて母さんたちの到着を待つ。入口ドアの前にいたから、いつもの受付のお姉さんが気づいて中で待たせてくれた。
 予定は10時なのにやっぱり早く来過ぎたな。面会時間じゃないから上にはいかれないから暇になってしまった。
「星夜」
 声がした方を向くと約一か月ちょっと振りに見る父さんと母さんと顔の姿があった」
「久しぶり父さん母さん。……何かやせた?」
 前見たよりも頬のあたりのふくらみがないように思える。激務のせいだったら心配だ。
「まあ忙しいけど心配ない。これでも体力には自信があるからな」
「そうよ。二人とも中学から大学まで陸上の長距離やってたんだから。お父さんにいたっては予選会を通過していれば箱根に出られるところだったのよ」
「え!」
 それは初耳だし普通に驚きだ。確かに体つきはいいなとは思っていたけどそんなすごいとこまで言ってたのか父さん。普段すぐ寝るイメージがあるから想像できない。そこは年取ったってことなのか?
「さ、そろそろ時間だ。行こう」
 受付を済ませ、星奈の病室に行く。もう準備ができていたようで待ってましたとばかりに俺たちを出迎えた。
「お父さん、お母さん」
「星奈、久しぶり」
「星奈、会いたかったぞ」
 母さんと星奈が抱き合った。父さんは外側から見守る形ではあったけど、嬉しそうにしている。
「明石さん。お久しぶりです」
 主治医の先生も病室に来た。外出前の診察をしてから、外出中の注意点などを話てくれたあと、俺たちは病室を出た。
 久々に外に出る星奈は今にも走り出しそうだけど、それは危ないのでしっかり手を握った。
「うわー。久々の娑婆の空気だー」
「待て待て待て」
 思わず突っ込んでしまった。多分外出が決まったあたりから言おうと決めてたなこれは。昔から面白い言葉を使いたがるやつだったけど、これをぶっこんで来たかとずっこけたくなった。中学生の女の子のチョイスじゃないぞ。
「星奈……言葉が物騒だぞ」
「えぇ。いいじゃん」
 結局父さんも突っ込まれてしまい、星奈はブーイングをかました。もっともその顔は本当に怒っているのではなく楽しそうだ。
 久々に家族四人が揃い、いつもの日常が戻って来たって感じだ。せっかくだからまずはどこかに行こうとなって、俺は迷いなく鉄道模型を作るきっかけとなったショッピングモールへ向かった。
 予想通り星奈は目を輝かせていた。どこへ行こうかと案内板を見て悩んでいるようだ。
「だったらこのクレープ屋に行かないか?ある人に教えてもらったんだけどうまいんだよ」
 先輩に教えてもらった『怪人ミルクレープ』を指さす。
「お兄ちゃんのおすすめ!なら行く」
 星奈は秒で決めた。
 フードコートは土曜日というだけあって混み合っている。どこも席が埋まっていて空いているのは一人、よくて二人の席がほとんどだった。ただクレープだから食べ歩きもできなくはないが、なるべく座らせてあげたい。店の前にくるとなんと四人用の席がちょうど空いた。他の人に取られる前に確保した。
「じゃあ選ぼうか」
『怪人ミルクレープ』の種類は豊富で、スイーツの他にサーモンとかの食事系のものもある。俺は先輩おすすめで王道のチョコバナナクレープにする予定だけど、星奈はどれにしようかなと呟きながら指をあちこち動かしている。まあ行列ができているから選ぶ時間はあるからゆっくり選ばせてあげよう
「お兄ちゃんは何にするの?」
 決められなかったのか俺の意見を聞いてきた
「俺はこのチョコバナナ。ここを教えてくれた人のおすすめなんだ」
「へえ、じゃあ私もそれにする」
 星奈が笑顔で言った。でも王道と侮るなかれだ。多分チョコソースも業務用ではなく自作している可能性がある。三崎にいたときファミレスで一時期バイトしてたときに店のメニューを食べたときのチョコパフェとは味が全然違った。どこがどうという食レポは出来ないけど、単純にチョコが上手い。としか言いようがない……。
 ようやく順番が来て全員がチョコバナナクレープを頼んだ。注文してからはすぐに出てきてそれを星奈が笑顔で受け取った。
「いっただきまーす」
 大口を開けてかぶりついた。
「おいしい!」
 頬に手を当ててクレープを持っている手を振動させながら感動していた。というか危ない、落ちるぞ。
「本当ね。すごくおいしい」
 母さんも高評価だ
「お兄ちゃんここ教えてくれた人がいるって言ってたよね。どんな人」
「ああ、今行ってる学校の先輩だよ」
「部活の人?」
「そう」
「へえ、どんな人なの?男、女?」
 クラスの話や学校の話はしてたけど、部活の話はうっかり鉄道模型を作る理由を話しそうで内緒にしてたから教えていない。だからグイグイ来る。
「星奈とはちょっと違うタイプの天真爛漫な人だな。星奈は元気、先輩は楽しいことが好きな人かな」
「へえ、ってことは女の人?」
「そうだよ」
「写真ないの!!」
 女とわかったらさらにエンジンかけて来た。なんか期待しているみたいだけど、残念ながらその希望には沿えない。
「……ないな。なんだかんだ写真は撮ってない」
「なーんだつまんない」
「でも気になるわね」
「別にそんな関係じゃないのに。まあそうだな……」
 どう説明しようか悩んでいると、近くに先輩に近い姿の女性が通ったのが見えた
「あ、あの女性が近いかな」
 と指さす。が、その顔が見えたとき俺はクレープを落としてしまった。なぜなら
「あれ?明石君じゃん」
「え、あらこんにちは」
 先輩ご本人だったからだ。そして瀬戸さんも一緒だ。
「こ、こんにちは先輩、瀬戸さん……」
「お兄ちゃん?もしかしてこの人がそうなの?」
 やましいことは何もないのに板挟みになったような感じになってどう話したらいいかわからなくなってしまった。
「あ、明石君のご家族ですか?」
「はい。星夜の母の星子です。息子がお世話になっています」
「弥奈咲学園3年で明石君と同じ部活をやってます本田実里です」
「同じく二年の瀬戸菜摘です」
 固まっていた俺をよそに女性陣は挨拶をした。
「お兄ちゃん。この人がそう?」
 じっと二人を見ていた星奈がようやく口を開き、俺に聞いてきた。
「うん」
「そうなんだ。初めまして、明石星夜の妹の星奈です。兄がお世話になっています」
 星奈は清楚なイメージのお辞儀をした。
「本物だ~!可愛い」
 先輩は星奈に抱き着いた。先輩、星奈はぬいぐるみじゃありませんよ。
「あの先輩、星奈はまだリハビリ中なので離してください」
「あ……ごめんなさい」
 星奈と父さん母さんに向かって頭を下げた。
「大丈夫だよお姉さん」
「お姉さん……いい響き!」
 先輩が落ち着いたところで母さんが一緒の席に誘った。隣がちょうど空いたから机と椅子を持ってきてくっつけ、星奈を母さんの横に移動させ、俺は瀬戸さんの隣に座った。
「ところでお兄ちゃん。鉄道模型部ってどういうこと?」
「え、明石君教えてなかったの?」
「あ、ああ。そのサプライズにしたくて」
「でも前原集落のことはしゃべっとかないとまずいと思うよ」
 瀬戸さんの指摘はもっともだ。
 今まで星奈に前原集落が沈んだことをまだ喋れていなかったのは恐怖があったからだ。鉄道模型で再現と言っても納得してくれないんじゃないかという恐怖。星奈ならわかってくれるという思いと、納得してくれず嫌われてしまうという恐怖が闘い、結局今まで喋ることができていなかった。いずれ話さなきゃいけないのに先延ばしにしてきた。
 この期に及んでまだ悩む俺を母さんが耳打ちしてきた。
「大丈夫よ。いざとなったら私がフォローするから」
「……母さん」
 母さんも援護に入ってくれた。先輩たちのことを話すには、鉄道模型部のことを話さなければならない。そしてそれは前原集落のことも話さなければならないのと同じ。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
 覚悟を決めて星奈に話そう。
「あーその。星奈。一つお前に言っておかなきゃならないことがあるんだ」
「へ?」
「実は……」
 星奈に約束の場所である前原集落がダムの完成で沈んでしまい、もう夜景を見せることが出来ないことを明かした。同時に先輩と瀬戸さんとの関係を説明し、罰を受けて救済措置としての部活メンバ―であること、俺は巻き込まれだけど内申目当てで参加したこと、そしてその活動として鉄道模型を選んだこととその理由も。鉄道模型で前原集落とその夜景を再現し、別の形で夜景を見せようとしていることを説明した。
「そっか……」
 やっぱりダメなのか?不可抗力に近いと言っても俺との約束を糧に頑張って来たのにそれがなかったことになるんだから
「頑張ってお兄ちゃん!」
「え?」
「確かに実物を見られないことは残念だよ。でもお兄ちゃんが一生懸命作ってるもの見て見たい!」
「星奈……ありがとう」
 今までの俺を殴りたかった。星奈はちゃんとわかってくれたんだ。信じてやれなかった俺をしかりつけてやりたい
「あの、それと私からもいいですか?」
 先輩が真剣な面持ちで立ち上がった。
「はい」
「あの、息子さんを怪我させかねないことをしてごめんなさい」
 先輩が父さんと母さんに頭を下げた。
「ああ、話は聞いてるわ。ちゃんとすぐに星夜に謝ったみただからもう気にしてないわ。これからも星夜をよろしくね」
「ありがとうございます」
 父さんも同じようなことを言って先輩を許した。
「実里さん。お兄ちゃんをよろしくね」
「もちろんだよ星奈ちゃん!」
 また先輩は星奈に抱き着いた。だからそれはやめてくれって言ったのに。
 注意しようと立ち上がると瀬戸さんが先に立ち上がり先輩の耳を引っ張った。
「いいいい痛い痛い瀬戸ちゃん!」
「先輩。明石君にやめろって言われてましたよね?」
 ドスの効いた声で注意されていた。
「ご、ごめん。だから離して、耳が千切れる!!」
 一呼吸を置いてから手を離した。先輩は耳を押さえて唸り声をあげてしまった
「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
 と俺の家族に謝った。とはいえ目の前であんなものを見せられたからどう返していいかわかならいようだ。どちらかというと父さんも母さんもタイプが先輩に近い。
「このお姉さん怖いね」
 星奈が俺の方に来て隠れるように瀬戸さんを見つめた。
「こ、怖い……」
 星奈の言葉と仕草に落ち込んだようで顔色がどんどん悪くなって最後は椅子に崩れ落ちた。というか瀬戸さんってそんなキャラだったっけ?
「だ、大丈夫だよ星奈。この人はまっすぐで曲がったことが嫌いなんだ。さっき俺が先輩に注意したのにまたやったからあんなことしただけで本当は優しいよ」
「本当?」
「本当」
 恐る恐る瀬戸さんに近づき、前に立って
「あの、お兄ちゃんをよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくね!」
 星奈がかけた言葉で瀬戸さんは元気を取り戻した。けどやっぱり瀬戸さんのキャラは絶対違うよねと言いたいが、先輩と同じ目に合いそうだから心の底に留めておいた。
 先輩たちは映画を見に来たみたいでクレープを食べ終わったら別れた。俺の家族は二人をいい感じに評価してもらえたようでうれしかった。
 それから二日間星奈や家族全員で過ごした。家族といられる幸せとありがたみを改めて認識できたと思う。それから星奈はまた病院へ戻った。病室に戻る前に「お兄ちゃん頑張って。楽しみにしてるね」と、言われた。星奈へ真実を言うという壁を乗り越えたからもう俺の中に迷うものはない。完成へ向けて気合を入れた。