まだ車通りの少ない山岳道路の朝は、窓を開けながら走行すると軽い空気が存分に感じられる。運転中にも随分余裕が出来た証拠だろうか。とはいえ、まだ免許を取って数か月。まだまだ、親父にもおっさんにも危なっかしいと言われる日々だ。
この辺りは民家が少なく、もちろんマンションなどはあるはずもない。コンビニだって、五分前に通り過ぎたのが最後だ。
日の出がすっかり早くなった五月は、朝の七時でも高く太陽が昇っている。朝のさわやかな空気にわずかな熱を感じ、今日は暑くなりそうだなと思った。
駐車場の隅に車を止める。主要道を脇に逸れたここは、車のドアを閉める音がよく響く。
農繁期もだいぶ落ち着き、ようやく怒涛ともいえる日々に余裕が生まれてきた。とはいえ、ウチの職場はニューサマーオレンジの栽培、収穫体験も行っているため、あと半月くらいは閑散期とは言えない。
今日もこれから前日に収穫したニューサマーオレンジの選果、それから農協への持ち込みから始まる。長い一日になるだろう。
直営所のドアを鍵で開け、そのまま中へ入る。おっさんの持ち家だが、同時に俺の職場でもある。だから、合鍵を持たされていた。
そのまま倉庫に向かうと、おっさんはニューサマーオレンジが積まれたコンテナに手をかけているところだった。まだ就業時間ではないのに、どうやら、一足先に仕事を始めるつもりだったらしい。どこまでも仕事熱心な人だ。
「おはざいまーす」
俺の挨拶でようやく存在に気が付いたのか、皺の深い顔を向ける。
「おう、今日はちょっと早えじゃねぇか、日影」
「おっさんがいつも、こうやって先に仕事始めちまうからっすよ」
おっさんは罰が悪そうな顔で手を動かす。これまで奥さんが亡くなるまでは夫婦で、それからは一人でここを切り盛りしてきたせいか、どうも始業と終業の感覚が分からないらしい。とはいえ、別に俺以外に従業員はいないわけだし、こうして面と向かって苦言出来る間柄だから、さほど問題でもない。今日、早く来たのは、実際はただの気分だ。
手早く荷物を降ろし、仕事に取り掛かる。つい最近までは毎日のように怒鳴られていたけれど、ようやく一年を通しての仕事にも慣れてきた。
「ったく、毎度律義なやつだな。早くに始めたからって、給料は増えねえぞ?」
「仕事以外ここでやることないっすよ」
「かぁー、生意気なやつだこんちくしょう。バイトの時にゃあ、もう少し可愛げがあったってのに」
そんなことを言いながらも、おっさんはやけに楽しそうだった。まるで、息子と会話している。そんな風に思えた。ただの俺の思い込みかもしれないけど。
昨年の五月。俺はおっさんに頼み込んでバイトとして雇ってもらった。迷惑をかけたというのも理由の一つだけど、おっさんの仕事への熱意に感銘を受けて働いてみたくなったからだ。後は、まあ、何かをしていないと辛い時期だった。
高校三年は就活組にとっては時間が有り余る。夏には部活も終わり、自由登校日が増える。だから、俺はその分、おっさんの下でバイトをしたり、免許を取ったり、なるべく暇な時間をつくらないようにしていた。
就活はしなかった。元々、おっさんに卒業と同時に雇ってもらえるように頼んでいたからだ。
コンテナから黄色い果実を取っては、傷や汚れなどのチェックをして大きさ別に仕分ける。倉庫を漂う爽やかな酸味の強い香りにふと思う。
「ニューサマーはあんまり太陽っぽくねえな……」
独り言におっさんが手元から目を離し、俺を一瞥する。
「あぁ、いや、特に意味はないっすよ。ただ、みかんはどんな果物とか野菜よりも太陽みたいだって言ってたやつがいて」
「面白いこというな、そいつ。そんでもって、変なやつだ」
「やっぱり、そう思うっすよね」
今でも、鮮明に姿が蘇る。目を爛々と輝かせ、話していた彼女が。
手が止まりそうになり、強引にかき消す。なぜかおっさんが俺をじっと見つめていたけれど、気が付かないふりをして選果を続けた。
選果を終え、トラックにニューサマーオレンジを積み込む。農協へはおっさんが午後に向かうらしい。とりあえず、今日の分はひと段落だ。
「そうだ、日影」
「なんすか?」
「お前、今日は午後休な」
「はい? なんでっすか、急に。昨日も休みだったのに」
時計を見る。もう短針がてっぺんを超えていた。今日はまだやることがあったはずだが、一体どういう風の吹き回しなのだろう。
「いいから、今日はもうお前は仕事すんな。後、一つ話すことがある」
昼休憩中は滅多なことじゃ立ち上がりもしないおっさんが、重い腰を上げる。そのまま、何を言うでもなくみかん畑に繋がるシャッターの前まで歩いて行く。
「昨日、咲いたんだよ」
がらっとシャッターが開く。燦々と降り注ぐ陽射しを受けたその景色に、思わず涙が出そうになった。
斜面をどこまでも並ぶみかんの木に満開の白い花が咲いていた。
偶然か、雲一つない快晴。遠くに見える水平線に小さく船が見えた。多分、ぼうという汽笛を鳴らしているんだろうな。何となく、そう思った。
一年前と全く同じ光景だ。俺が、彼女が、世界で一番好きな景色。
違うことがあるとすれば、俺の隣にはもう彼女がいないということだ。
この景色を独り占めするのは、とても寂しい。一緒に綺麗だねって、今年も言いたかった。
「もう一年経ったのか……。早いな……」
今も俺はこうして呼吸をして、心臓を動かしている。起きたら死んでいるんじゃないかと思うくらい、絶望のどん底を味わったのに、まだやっぱり生きている。
噂を聞いた周囲の反応が、一年という月日が、あの時の決意と選択を濁らせる。
なあ、蛍琉。俺たち、本当に正しかったんだよな……?
その答えは、もちろんみかん畑からは帰ってこない。
「そうだ、一年経った。だから、嬢ちゃんとの約束の時なんだよ」
「えっ……?」
おっさんは懐かしそうに目を細め、そしてスマホを取り出した。慣れない手つきで画面を操作し、俺に手渡す。
「嬢ちゃんに頼まれちまったんだよ。日影くんは実はとても繊細で、傷つきやすくて、自分を責めちゃう人だから、一年後にこれを見せてあげて欲しいってな」
「何を言って……」
おっさんが首でスマホを見ろと合図する。不思議に思いながら目を落とすと、真っ暗な画面の中心に動画の再生ボタンがあった。
何故か、手が震えた。ちょっぴり、再生するのが怖い。
一年間、押し殺した思いがざわめく。
ジャスミンのような甘い匂いが風に吹かれて香った。
覚悟を決め、再生ボタンに触れる。
『早く、早く! 日影くんが戻って来ちゃいます』
暗い画面越しに、懐かしい声が聞こえた。ずっと、ずっと渇望していた彼女の声だ。それだけで、目頭がじんわりと熱くなった。
『お、おい、俺はあんま慣れてねえんだよ』
おっさんの声と共に、画面がぱっと色づく。
満開のみかん畑を背後に添え、太陽の下で制服姿の彼女が立っていた。思わず、スマホを前に掲げる。まさに、今目の前に彼女がいる。そんな錯覚に陥った。
『大丈夫です。そのまま持っていてください』
『お、おう』
彼女が空を仰ぎ、大きく深呼吸をした。身体の隅々まで行き渡らせる様な、長い呼吸だった。そして、すっと目線がこちらを向く。
『私の愛する人たちへ。
遺書なんてものは書きませんよ。お互いに悲しい気持ちになっちゃいますからね。
だから、私はこの動画を残します』
彼女が静かに目を閉じる。画面の中と、目の前で、同時に強く一陣の風が吹き抜け、みかんの木を揺らした。
そして、一瞬の静寂が訪れる。まるで、時間が止まったみたいに、世界から音も動きも無くなった。
ゆっくりと彼女が口を開く。
『みかんの花が 満開で――』
いつか耳にした、あの曲だ。
視界がぼやけ、喉が震える。大粒の涙が頬を伝う冷たい感覚だけを残して、膝に染みをつくった。
嗚咽が漏れそうになり、我慢した。彼女の輝きを邪魔したくなかったから。
彼女の優しい歌声が、いつまでも俺を包んで離さなかった。
本当に今すぐ画面から出て来そうで、手を伸ばす。暗がりを突き抜けた俺の腕を、太陽が照らす。
「俺が先に歌わなきゃ、歌わないんじゃなかったのかよ……」
気が付けば立ち上がって、俺はみかん畑へと飛び出していた。10万ルクスの陽射しが俺に容赦なく降り注ぐ。
彼女が瞼を上げると、確かに目が合った。その透き通る宝石のような瞳が、俺を見ていた。
『私はちゃんとさいごまで生きたよ!
辛いことも多かった。でも、やっぱり楽しかった!
たくさん、迷惑かけてごめんなさい。
……ううん。そうじゃないよね』
彼女の顔がほころぶ。
会心の笑顔だった。
『――いっぱい、ありがとう!』
動画はそこで終わっていた。ふっと、暗くなる画面に雫が垂れる。いくら拭っても、止まらなかった。
静かになったみかん畑に、嗚咽が漏れる。胸が痛いくらいに苦しくて、俺は声を上げて泣いた。
「くそっ! くそっ……! うぅっ……くそっ!」
とにかく、大声で叫んだ。太陽なら、全部持っていってくれる気がしたから。
強く、風が吹いた。みかんの花びらが俺を慰めるように一面を舞う。その景色があまりにも美しくて――
「俺の方こそ、ありがとう!」
いつの間にか、涙は止まっていた。
この辺りは民家が少なく、もちろんマンションなどはあるはずもない。コンビニだって、五分前に通り過ぎたのが最後だ。
日の出がすっかり早くなった五月は、朝の七時でも高く太陽が昇っている。朝のさわやかな空気にわずかな熱を感じ、今日は暑くなりそうだなと思った。
駐車場の隅に車を止める。主要道を脇に逸れたここは、車のドアを閉める音がよく響く。
農繁期もだいぶ落ち着き、ようやく怒涛ともいえる日々に余裕が生まれてきた。とはいえ、ウチの職場はニューサマーオレンジの栽培、収穫体験も行っているため、あと半月くらいは閑散期とは言えない。
今日もこれから前日に収穫したニューサマーオレンジの選果、それから農協への持ち込みから始まる。長い一日になるだろう。
直営所のドアを鍵で開け、そのまま中へ入る。おっさんの持ち家だが、同時に俺の職場でもある。だから、合鍵を持たされていた。
そのまま倉庫に向かうと、おっさんはニューサマーオレンジが積まれたコンテナに手をかけているところだった。まだ就業時間ではないのに、どうやら、一足先に仕事を始めるつもりだったらしい。どこまでも仕事熱心な人だ。
「おはざいまーす」
俺の挨拶でようやく存在に気が付いたのか、皺の深い顔を向ける。
「おう、今日はちょっと早えじゃねぇか、日影」
「おっさんがいつも、こうやって先に仕事始めちまうからっすよ」
おっさんは罰が悪そうな顔で手を動かす。これまで奥さんが亡くなるまでは夫婦で、それからは一人でここを切り盛りしてきたせいか、どうも始業と終業の感覚が分からないらしい。とはいえ、別に俺以外に従業員はいないわけだし、こうして面と向かって苦言出来る間柄だから、さほど問題でもない。今日、早く来たのは、実際はただの気分だ。
手早く荷物を降ろし、仕事に取り掛かる。つい最近までは毎日のように怒鳴られていたけれど、ようやく一年を通しての仕事にも慣れてきた。
「ったく、毎度律義なやつだな。早くに始めたからって、給料は増えねえぞ?」
「仕事以外ここでやることないっすよ」
「かぁー、生意気なやつだこんちくしょう。バイトの時にゃあ、もう少し可愛げがあったってのに」
そんなことを言いながらも、おっさんはやけに楽しそうだった。まるで、息子と会話している。そんな風に思えた。ただの俺の思い込みかもしれないけど。
昨年の五月。俺はおっさんに頼み込んでバイトとして雇ってもらった。迷惑をかけたというのも理由の一つだけど、おっさんの仕事への熱意に感銘を受けて働いてみたくなったからだ。後は、まあ、何かをしていないと辛い時期だった。
高校三年は就活組にとっては時間が有り余る。夏には部活も終わり、自由登校日が増える。だから、俺はその分、おっさんの下でバイトをしたり、免許を取ったり、なるべく暇な時間をつくらないようにしていた。
就活はしなかった。元々、おっさんに卒業と同時に雇ってもらえるように頼んでいたからだ。
コンテナから黄色い果実を取っては、傷や汚れなどのチェックをして大きさ別に仕分ける。倉庫を漂う爽やかな酸味の強い香りにふと思う。
「ニューサマーはあんまり太陽っぽくねえな……」
独り言におっさんが手元から目を離し、俺を一瞥する。
「あぁ、いや、特に意味はないっすよ。ただ、みかんはどんな果物とか野菜よりも太陽みたいだって言ってたやつがいて」
「面白いこというな、そいつ。そんでもって、変なやつだ」
「やっぱり、そう思うっすよね」
今でも、鮮明に姿が蘇る。目を爛々と輝かせ、話していた彼女が。
手が止まりそうになり、強引にかき消す。なぜかおっさんが俺をじっと見つめていたけれど、気が付かないふりをして選果を続けた。
選果を終え、トラックにニューサマーオレンジを積み込む。農協へはおっさんが午後に向かうらしい。とりあえず、今日の分はひと段落だ。
「そうだ、日影」
「なんすか?」
「お前、今日は午後休な」
「はい? なんでっすか、急に。昨日も休みだったのに」
時計を見る。もう短針がてっぺんを超えていた。今日はまだやることがあったはずだが、一体どういう風の吹き回しなのだろう。
「いいから、今日はもうお前は仕事すんな。後、一つ話すことがある」
昼休憩中は滅多なことじゃ立ち上がりもしないおっさんが、重い腰を上げる。そのまま、何を言うでもなくみかん畑に繋がるシャッターの前まで歩いて行く。
「昨日、咲いたんだよ」
がらっとシャッターが開く。燦々と降り注ぐ陽射しを受けたその景色に、思わず涙が出そうになった。
斜面をどこまでも並ぶみかんの木に満開の白い花が咲いていた。
偶然か、雲一つない快晴。遠くに見える水平線に小さく船が見えた。多分、ぼうという汽笛を鳴らしているんだろうな。何となく、そう思った。
一年前と全く同じ光景だ。俺が、彼女が、世界で一番好きな景色。
違うことがあるとすれば、俺の隣にはもう彼女がいないということだ。
この景色を独り占めするのは、とても寂しい。一緒に綺麗だねって、今年も言いたかった。
「もう一年経ったのか……。早いな……」
今も俺はこうして呼吸をして、心臓を動かしている。起きたら死んでいるんじゃないかと思うくらい、絶望のどん底を味わったのに、まだやっぱり生きている。
噂を聞いた周囲の反応が、一年という月日が、あの時の決意と選択を濁らせる。
なあ、蛍琉。俺たち、本当に正しかったんだよな……?
その答えは、もちろんみかん畑からは帰ってこない。
「そうだ、一年経った。だから、嬢ちゃんとの約束の時なんだよ」
「えっ……?」
おっさんは懐かしそうに目を細め、そしてスマホを取り出した。慣れない手つきで画面を操作し、俺に手渡す。
「嬢ちゃんに頼まれちまったんだよ。日影くんは実はとても繊細で、傷つきやすくて、自分を責めちゃう人だから、一年後にこれを見せてあげて欲しいってな」
「何を言って……」
おっさんが首でスマホを見ろと合図する。不思議に思いながら目を落とすと、真っ暗な画面の中心に動画の再生ボタンがあった。
何故か、手が震えた。ちょっぴり、再生するのが怖い。
一年間、押し殺した思いがざわめく。
ジャスミンのような甘い匂いが風に吹かれて香った。
覚悟を決め、再生ボタンに触れる。
『早く、早く! 日影くんが戻って来ちゃいます』
暗い画面越しに、懐かしい声が聞こえた。ずっと、ずっと渇望していた彼女の声だ。それだけで、目頭がじんわりと熱くなった。
『お、おい、俺はあんま慣れてねえんだよ』
おっさんの声と共に、画面がぱっと色づく。
満開のみかん畑を背後に添え、太陽の下で制服姿の彼女が立っていた。思わず、スマホを前に掲げる。まさに、今目の前に彼女がいる。そんな錯覚に陥った。
『大丈夫です。そのまま持っていてください』
『お、おう』
彼女が空を仰ぎ、大きく深呼吸をした。身体の隅々まで行き渡らせる様な、長い呼吸だった。そして、すっと目線がこちらを向く。
『私の愛する人たちへ。
遺書なんてものは書きませんよ。お互いに悲しい気持ちになっちゃいますからね。
だから、私はこの動画を残します』
彼女が静かに目を閉じる。画面の中と、目の前で、同時に強く一陣の風が吹き抜け、みかんの木を揺らした。
そして、一瞬の静寂が訪れる。まるで、時間が止まったみたいに、世界から音も動きも無くなった。
ゆっくりと彼女が口を開く。
『みかんの花が 満開で――』
いつか耳にした、あの曲だ。
視界がぼやけ、喉が震える。大粒の涙が頬を伝う冷たい感覚だけを残して、膝に染みをつくった。
嗚咽が漏れそうになり、我慢した。彼女の輝きを邪魔したくなかったから。
彼女の優しい歌声が、いつまでも俺を包んで離さなかった。
本当に今すぐ画面から出て来そうで、手を伸ばす。暗がりを突き抜けた俺の腕を、太陽が照らす。
「俺が先に歌わなきゃ、歌わないんじゃなかったのかよ……」
気が付けば立ち上がって、俺はみかん畑へと飛び出していた。10万ルクスの陽射しが俺に容赦なく降り注ぐ。
彼女が瞼を上げると、確かに目が合った。その透き通る宝石のような瞳が、俺を見ていた。
『私はちゃんとさいごまで生きたよ!
辛いことも多かった。でも、やっぱり楽しかった!
たくさん、迷惑かけてごめんなさい。
……ううん。そうじゃないよね』
彼女の顔がほころぶ。
会心の笑顔だった。
『――いっぱい、ありがとう!』
動画はそこで終わっていた。ふっと、暗くなる画面に雫が垂れる。いくら拭っても、止まらなかった。
静かになったみかん畑に、嗚咽が漏れる。胸が痛いくらいに苦しくて、俺は声を上げて泣いた。
「くそっ! くそっ……! うぅっ……くそっ!」
とにかく、大声で叫んだ。太陽なら、全部持っていってくれる気がしたから。
強く、風が吹いた。みかんの花びらが俺を慰めるように一面を舞う。その景色があまりにも美しくて――
「俺の方こそ、ありがとう!」
いつの間にか、涙は止まっていた。