正直彼女は、天然野郎の皮を被った妖怪だと思っていた。

あんなにどす黒いモヤを纏っているから。

だけれど、今日は彼女がただの小さな女の子に見えて、少しだけ戸惑ってしまった。

こんなことで心が乱されてはいけないのに。

だけれど、監視するという目的は変わっていない。

優しい言葉をかけて、懐柔できるくらいにして、すべてを暴くしかないだろう。

雪原萌柚と昇降口で別れた後、そんなことを考えてしばし立ち止まっていると、後ろから声をかけられる。

「ねえ、椹木くんで合ってるよね?」

振り返ると、亜麻色の髪の男女が立っていた。

「僕は浬。こっちが織。よろしくね」

ピアスをたくさんつけた男子が、少し笑いながらそう言った。

よろしく、と笑顔で返す。

それでもお互いの間には緊張感が漂っている。

初対面なのはもちろんのことだが、男子の少し後ろからこちらを覗くようにしている女子が、俺のことを睨んでいるのが理由として大きかった。

「波留くんと体を交換するのを拒否したって聞いたよ」

なぜお前がそのことを知っているんだ。

相手との距離を取る。

「そんなに警戒しないでよ」

男子の方が少しずつ距離を詰めてきた。

俺もそれに合わせ少しずつ後退りする。

せっかく東京から逃げてきたっていうのにここでも居場所がないというのか。

…四家の人はほとんど全員知っている。

しかし、浬や織という名前は聞いたことがなかった。

「どこの方ですか」

「“没落した一族”って聞いたことない?」

「もともと“四家”は“五家”だったって、前に読んだ」

全部、禁書の棚で波留と調べたことだ。

もしかして…

「”麒麟”ですか…?」

彼の口が三日月のようになり、にんまりとする。

「そう、麒麟。改めて自己紹介するね。
 黄瀬 浬、です。よろしくね、椹木くん」

手を差し出されたので、握手する。

「黄瀬織よ。浬のいとこなの。よろしく、椹木くん」

つり目の、猫に似た女子とも握手する。

「それで、用はなんだったんですか?」

「ああ、実は僕たちは常服薬の出所を調べているんだ。副作用についてもね。
 それで、君たちにずっと協力を仰ぎたかったんだ」

…“たち”とついていることに、波留も入っていることがわかって少しほっとする。

これだけ情報を持っていて、俺たちが色々調べていたことを知っているなら、敵に回したら、厄介なことになってしまうだろう。

「協力してくれるかい?」

にこりと、浬が笑った。

「ええ。もちろん。よろしくお願いします」

俺も、笑い返した。



「それで、俺は具体的に何をすれば良い?」

「とりあえず僕と共同でチームを組んでもらって、四神大祭に出たいと思っているんだ。
 上位に食い込めれば四神官と話すチャンスがあるはずだからね。
 四神官が“薬”を配布しているのは知っているよね?」

「ああ」

「他のことはまた追って連絡するから。よろしく」

横で織が小さくよろしくとつぶやいた。

「じゃあまた」

もう6時を過ぎていた。

二人と別れ、ひとりで少し思案する。

本当に信用するかは別として、今は表面的にでもあいつらと組むのが最善だろう。



そして、錦小路。

あいつがこの学校にいることは知っていたけれど、もうすでに雪原と接触しているなんて。