ー姫が泣いたらしいよー

放課後になると学年中にその噂が広まっていて、『友達』だったはずの子たちとは、全く話せなくなっていて。

「結局高校デビューは二ヶ月も持たなかったんだよね」

新しい図書委員の子に自嘲気味に笑って見せる。

ーまあ、それは椹木くんなんだけれども。

仲が良かったはずの子と図書委員になったのに、彼女はさっき、先生に図書委員を辞めたいと言いに行ったらしい。

なぜか水曜日の図書室には誰もいなくて、隣の彼が頁を捲る音だけが響いていた。

時計を見ると、当番が終わる時間まで、まだ二十分と少しある。

「高校デビューはなんでしたんだ?」

金色の瞳がこちらを向いた。

それでも、さっき私が言ったこと、ちゃんと聞いてたんだ。

かれの瞳を見て、真っ直ぐに言う。

「変わりたいと思ったの。友達がほしかったから」

ちゃんと、自分の思ったことを、言える時は言わなくちゃ、

どこまで自分を隠すの。

そう思っていても、

その言葉が宙に吊られたように感じる。

友達なんて、さっき全員いなくなったじゃない。

もう一人の自分が耳の横で囁く。

もしかしたら“友達”なんてものは最初からできていなかったのかもしれないし、そもそも“友達”なんてただの幻想に過ぎなかったのかもしれない。

そうだよね。

だって私もそう思うもの。

小説に目線を向けたまま、かれの湿った唇が、何か言いかけたかのように小さく震える。

彼の金色の目のなかの炎がちろちろと燃える、踊るように燃える。

そしてまた急に氷のような瞳になる。

瞳孔の周りで、氷が炎に熱されて急に水蒸気が出るように、白い煙が立った。

「    」

かれが掠れた声で、ほとんど息だけの声で言う。

それはうまく聞こえない。

かれの瞳と私の目が合い、揺れていた金色の瞳がぴたりと止まった。

「…?」

「頑張ったんだな」

「…っ」

そのひとことで、私の今までの人生全てが肯定されたような気分になる。

こんなこと、今まで誰にも話したことがなかったから、余計に、余分に。

私の気持ちが溢れ出ていきそうだ。

「泣きたいなら泣けば…?」

突き放すような言葉なのに、それを優しい声で言う彼、そして目の前の景色が滲んだ。

低くて優しい声の旋律は、夕暮れに沈む図書室を瞬く間に闇の世界へと誘った。

いつもよりだいぶと多い瞬きが、世界を暗くさせた。

書架の本が無数の星々のようだ。

その熱いきらめきは、わたしの涙だった。

「ありがとう」

かれが優しくうなずくのが、度が合わないメガネをかけたときみたいに、ぼんやり歪んで見えた。