六月の少しじめっとした風にふわぁとカーテンが膨らんだ。

それに隠れるように、わたしも小さくふあと欠伸をした。

早起きしたのと、先生のお話が眠いのと、少し湿気にみちた、あたたかな日差しが気持ち良過ぎて。

それに今日は朝ごはんのトーストを2枚食べたし、ご飯も大盛りで食べたし、お味噌汁は三杯飲んだし。…ちょっと待って、どう考えても原因は朝ごはんだよ。

人知れず、自分の大食いに焦っていると、先生の手を叩く音ではっとする。


「今日は転校生が来るぞ」


ざわざわ。教室の空気が動く。

わたしもミーハーなものだから、通路を挟んでとなりの子と「男子かなぁ」とか、「イケメンだといいね」とか会話する。

「椹木、入れ」

「はい」

椹木って、もしかして。

ハスキーがかっているけれど透明感のある、低い声がし、それとともに私の昨日の記憶が思い出される。…昨日、ニュースを見た後、彼が発した声と同じだった。

まあそんなドラマみたいな展開ないよね、そう思いながら引き戸をみつめる。

古い木製の引き戸が微かにギーと音を立ててひらく。

「っ」

みんな一斉に息を呑んでいた。

口を開けたまま閉じれない。

色素の薄い、少し長めの薄紺色の髪。

その間からちらりと覗く、尖って鋭い金色の目。

まっすぐに伸び、眼に影を落とす睫毛は灰色がかっている。

雪色の肌。

細く長い手足。

それは人間離れした、どの角度から見ても完璧な容姿。

わたしも違う意味で驚いていた。

昨日、狐を追いかけていて、家(うち)でごはんを食べていった、彼だったから。

古い家(うち)の蛍光灯や、暗い空の下じゃなくて、ちゃんと明るいところで見ると、彼の透明的な美しさが際立っていた。

彼の容姿と性格なら、きっとすぐ皆んなの人気者になるだろう。

今更、あれは私だけに起こったスーパーハッピーな魔法じゃない、と言うことに気づく。

昨日のイケメンが転校してくることに少し期待したくせに、今度はそれで落ち込むなんて、馬鹿みたいだ。

一呼吸空いて、

「わあ、やっぱりイケメンだった!」

誰かが叫んだ。

そしてまたクラスがざわめく。

「めっちゃかっこいいよね」

「うち、あの子のこと好きになっちゃいそう」

わたしも、昨日でもイケメンだとは思っていたけれど、もっと見ておくべきだったと後悔してると、

また先生が手を叩いて、注目、と言った。

「椹木、自己紹介してくれ」

「えーっと」

皆んなが彼に注目していた。

授業でも滅多にない、無言の時間。

「椹木秋斗です。東京から来ました。音楽とか、聞くのが好きです。よろしくお願いします」

まるでテンプレートのような自己紹介だ。

まあ、確かに自己紹介なんて、決まりきったものに当てはめるのが普通なんだけれども。

「あ、雪原さん」

唐突にわたしの名前が呼ばれる。

彼の氷のような目がきらりと光り、私を見て三日月型になる。

クラスのみんなが私の方を見る。

後で質問攻めにされる未来が見えてきた。

「お、椹木、雪原と知り合いか?」

「はい」
人の良さそうな笑顔で椹木くんが頷く。

「じゃあ椹木は雪原の隣に座ったほうがいいかな。紺野、空いてる席に移ってやってくれないか」

わかりました、と紺野くんが返事する。

ん?ちょっと待って、私がキラキライケメンと隣の席になっちゃうってこと…!?

教壇の横に立っていた彼がさわやかな風と共に歩いてきて、私の横の椅子を引く。

横に座った途端、彼の愛想の良い笑顔が消えた。

⭐︎

時は変わって、休み時間。

クラスには二つのまとまりができていた。

椹木君を見守るグループと、もう一つ。

「ねえ雪原さん、答えてよ」

「椹木くんと知り合いだったの?」

「知り合いっていうか、うーん…」

あまり注目されたくないのに、いろんなひとが入れ替わり立ち替わり同じような質問をしにくる。

そして、なぜか人と人との間から椹木くんが無言で睨んでくる。

さっきはあんなに爽やかに挨拶してくれたのに…。

なんとか10分休みの質問攻めには耐えられたけど、これからどうすれば良いのやら。

まあ、一日経てば、みんな忘れるだろうけど、その一日が私にとっては地獄だよ。