用意されていた消炭(けしずみ)色の着物を着(き)、千草色の羽織りを上に。
東京の家にいた頃は、よく行事や依頼などで着物を着ていたからやり方はわかっていた。
姿見で見た目を確認する。
「前髪、長いな」
昨日切ればよかった。
扉が叩かれ、
「ご自分でお召しになられましたかー?」
と、白丸の声がした。
「はい」
「では、萌柚さんとご一緒に会場までご案内いたします」
「ありがとうございます」
廊下を出て、竹林側に広がる枯山水を横目に見ながら、雪原の控え室まで行くことになった。
「萌柚さん、開けますよぉ」
白丸がふんわりとした声で言う。
「はーい!」
元気よい雪原の返事が聞こえた。目が覚めたようだ。
会ってから二日もすると、黒丸と白丸の性格の違いが少しわかってきたような気がして、面白い。
戸が開けられ、雪原が見えた。
橙の着物、髪の毛は編み込まれ、上の方でお団子にまとめられている。
着物の色にあったちりめんの髪飾り。
意外と似合うな。
そう思っていると、雪原が駆け寄ってきた。
「わーー、椹木くん、かっこいいね!すごく似合ってる!」
「…ありがとう」
社交辞令は苦手だ。
何か言おうとすると、言葉がなかなかでてこない。
こういうとき、波留にはなんて言ったらよろこんだんだっけ。
「雪原さんも、似合ってる。髪も、すごく綺麗だと思う」
笑顔でそう告げると、彼女の顔がぱあっと明るくなった。
「ほんまに!?ありがとう」
喜ぶんだな。こんな言葉でも。
《ではそろそろ、会場へ》
「はーいわかりました!」
雪原が明るく返事した。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
境内に着くと、そこには色とりどりの紙吹雪が延々と散ってた。
真っ青な空から降り散る紅白、そして金。
目の醒めるような対比。
その紙吹雪は砂利についたと思うと、ふっと消える。
永久機関のようなものになっているのだろうか。
周りにはたくさんの異形のものたち。
狐が多いけれど、天狗や河童などの日本古来からの妖も多く見かける。
《まずは参進の儀ですね。》
いつの間にか黒丸が横に立っていた。
「参進の儀…?」
雪原が尋ねた。
俺も参進の儀という言葉ははじめて耳にする。
《花嫁行列のことですよう》
白丸がのんびりと言った。
「へえ…」
笛の音が聞こえはじめ、巫女につづき、花嫁と花婿の姿が見えた。
「すごく綺麗だねー!」
雪原が横で目をきらきらとさせている。
花婿は金色の狐で、黒い袴を着ている。そして、花嫁は真っ白の狐で、額や頬に朱(あか)や金の模様が浮き上がっていた。白無垢が眩しく陽のように輝く。
花嫁行列が俺たちの前を通り過ぎ、白丸がこの後をついていくようにと俺たちに言った。
《私たちは左側に座りましょうね。》
神殿は、伏見稲荷大社にそっくりのつくり。
《皆様、頭をお下げください。》
全ての人が席についた後、神主らしき人が出てきた。
白い大幣を左右に振りながら、払詞を述べている。
《掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等、諸の禍事・罪穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと、恐み恐み白す、…》
《頭をおあげください、これで式の準備が整いました。》
神主の言葉で、頭を上げる。
その後、とんとん拍子で式は進んだ。
そして、披露宴。
俺と雪原は白丸・黒丸に呼ばれ、会場の隅へ来ていた。
ここで待っていてください、と言われ、しばらく待っていると、花嫁と花婿が陰から出てきた。
「椹木さん、先日は甥を見つけてくださりありがとうございました。
我々は神域から離れられないものですから…」
ああ、やっぱり雪原と出会った日の依頼者だったのだな。
「いえいえ。無事、社に帰っていただくことができてよかったです」
「そして雪原さんも、手伝ってくださったそうで。本当にお二方とも、ありがとうございました」
「え、わたし!?いえいえ、こちらこそ助かりました!?」
雪原がテンパって天然な回答をしているのに思わず笑ってしまいそうになる。
そんな俺たちを見て、花嫁さんがくすりと笑った。
「実は…甥は、姉夫婦が遺していった子なんです。いなくなってしまって、気が気ではなくって」
視線を落とす花嫁の肩を、花婿が支えた。
「本当に、助かりました。後で聞けば、甥は迷子になってしまっていたそうで。
それで、大袈裟だと思われると思いますが、命の恩人として私どもの結婚式に招待させていただいたのです。私たちはこの神社の神使ですから、ここを離れられませんし、直接お礼を申し上げる機会がありませんでしたの」
「そんなそんな、ご丁寧にありがとうございます」
まさかそこまで感謝してもらえるとは思っていなかったから、少し嬉しいまでもある。
「ですので、今日はお料理など、ぜひ楽しんでいってくださいね」
花婿が言葉を添えた。
「わかりました!ありがとうございます!お料理!!」
雪原が横で、るんるんで返事した。
俺もその横で礼をした。
「では黒、白。あとは椹木さんたちをおもてなししてね」
そう言って狐の花嫁花婿たちは去っていった。
「ふうう、わたし、すごく緊張しちゃいました。
変なこと口走った気がする…」
横でため息が聞こえる。
《料理、楽しみなんでしょう?一緒に行きましょう》
白丸が優しく雪原に付き添ってテーブルの方へと言ってしまった。
なので俺は黒丸と会話することにした。
「俺、本当に何もしていないのに、結婚式に招待してもらっちゃって、綺麗な着物を着せてもらってしまって、なんだか申し訳ないです」
黒丸は俺を見て微笑んだ。
《これは、”縁結び“のようなものですから。》
縁結び、それはどう言うことだろうか。
不思議そうな俺を見て、また彼は微笑む。
《近代から現代に進むにつれて、人の世と隠世の繋がりはどんどん希薄になってきています。なので少しでも、奥様は人間との関わりを持ちたいと思っていらっしゃるのです。特に神社仏閣などでは、人の信仰が妖の力になりますから。》
「そうなんですね…」
正直、東京ではそこまで妖と関わる機会は多くなかった。
街中で妖怪はほとんど見かけなかった。
しかし、ここ京都では、右を見れば天狗、左を見れば化け猫、と言ったように人と妖が共生しているように見える。
古来から、都であったからだろうか。
《そういうことなので、ぜひ、秋斗様もこの場を楽しんでいってください。》
黒丸はそう言ってバチーンとウインクをし、俺から離れていった。
やけに現代的だな、京都の妖は。
⭐︎
「秋斗くん、白丸さんはべつのお客さんの対応をしなくちゃいけないんだって。
わたしたちも、そろそろ帰る…?実は、わたし明日までの宿題やらなくちゃでさあ」
時間は2時半を少しすぎたところ。
デザートの和菓子までいただいて、そろそろお開きかなというところで、別行動していた雪原が声をかけてきた。
「ずっと白丸といたのか?」
そう聞くと、雪原は首を上下に振った。
「そうなの。ずーっと私と美味しいスイーツの話をしてたんだ。それで今度、いっしょに有名菓子店めぐりをしようって約束したの。
ほら、連絡先も交換したんだよー」
俺の目の前にスマホの画面を突き出す。
確かに、友達欄のところに、《白丸🦊》と登録されていた。
雪原、コミュ力高いんだな。
「それで、そろそろ帰るー?って聞きにきたんだけど、どうする?」
「じゃあそろそろお暇しようか。ちらほら帰る人も見かけるし」
そう言ったとたん、目の前に白丸黒丸が現れた。
《お帰りですか?お見送りいたします》
「わ、白丸さん黒丸さん!?」
横で雪原が素っ頓狂な叫び声をあげ、まわりにいた人たちが振り返った。
《いかにもわたくしたちですとも。宿題があるんですってね。またぜひお会いしましょう》
白丸が満面の笑みを浮かべた。
《秋斗様。我々も連絡先を、ぜひ》
黒丸にスマホのQRコードを見せられ、それを読み取る。
新しく友達欄に《Kuro》が現れた。
「ありがとうございます」
《こちらこそ。では、また連絡いたしますね》
「じゃあ、みなさんありがとうございました!!ばいばい!!」
笑顔で雪原が二人(匹?)に手を振り、俺も礼をする。
二人がゆっくりと頷いた瞬間、俺たちは制服の姿で参道に立っていた。
「わ、わあああ着物消えちゃってる!?」
横で驚く雪原。
「全部、術だったのかな」
「そうかもしれない」
「じゃあ、わたし、宿題頑張ってくるね!またあした!!」
雪原はいつもの三つ編みポニテを揺らしながら、狭い路地に入っていった。
「また明日、か」
俺も今日の出来事をいつか波留に話せる日がくるといいな、などと思いながらゆっくりと帰路に着いた。
ポケットの中で揺られるスマホの通知は二件。
《 白丸🦊 があなたを友達に追加しました 》
《 Kuro がスタンプを送信しました》
東京の家にいた頃は、よく行事や依頼などで着物を着ていたからやり方はわかっていた。
姿見で見た目を確認する。
「前髪、長いな」
昨日切ればよかった。
扉が叩かれ、
「ご自分でお召しになられましたかー?」
と、白丸の声がした。
「はい」
「では、萌柚さんとご一緒に会場までご案内いたします」
「ありがとうございます」
廊下を出て、竹林側に広がる枯山水を横目に見ながら、雪原の控え室まで行くことになった。
「萌柚さん、開けますよぉ」
白丸がふんわりとした声で言う。
「はーい!」
元気よい雪原の返事が聞こえた。目が覚めたようだ。
会ってから二日もすると、黒丸と白丸の性格の違いが少しわかってきたような気がして、面白い。
戸が開けられ、雪原が見えた。
橙の着物、髪の毛は編み込まれ、上の方でお団子にまとめられている。
着物の色にあったちりめんの髪飾り。
意外と似合うな。
そう思っていると、雪原が駆け寄ってきた。
「わーー、椹木くん、かっこいいね!すごく似合ってる!」
「…ありがとう」
社交辞令は苦手だ。
何か言おうとすると、言葉がなかなかでてこない。
こういうとき、波留にはなんて言ったらよろこんだんだっけ。
「雪原さんも、似合ってる。髪も、すごく綺麗だと思う」
笑顔でそう告げると、彼女の顔がぱあっと明るくなった。
「ほんまに!?ありがとう」
喜ぶんだな。こんな言葉でも。
《ではそろそろ、会場へ》
「はーいわかりました!」
雪原が明るく返事した。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
境内に着くと、そこには色とりどりの紙吹雪が延々と散ってた。
真っ青な空から降り散る紅白、そして金。
目の醒めるような対比。
その紙吹雪は砂利についたと思うと、ふっと消える。
永久機関のようなものになっているのだろうか。
周りにはたくさんの異形のものたち。
狐が多いけれど、天狗や河童などの日本古来からの妖も多く見かける。
《まずは参進の儀ですね。》
いつの間にか黒丸が横に立っていた。
「参進の儀…?」
雪原が尋ねた。
俺も参進の儀という言葉ははじめて耳にする。
《花嫁行列のことですよう》
白丸がのんびりと言った。
「へえ…」
笛の音が聞こえはじめ、巫女につづき、花嫁と花婿の姿が見えた。
「すごく綺麗だねー!」
雪原が横で目をきらきらとさせている。
花婿は金色の狐で、黒い袴を着ている。そして、花嫁は真っ白の狐で、額や頬に朱(あか)や金の模様が浮き上がっていた。白無垢が眩しく陽のように輝く。
花嫁行列が俺たちの前を通り過ぎ、白丸がこの後をついていくようにと俺たちに言った。
《私たちは左側に座りましょうね。》
神殿は、伏見稲荷大社にそっくりのつくり。
《皆様、頭をお下げください。》
全ての人が席についた後、神主らしき人が出てきた。
白い大幣を左右に振りながら、払詞を述べている。
《掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等、諸の禍事・罪穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと、恐み恐み白す、…》
《頭をおあげください、これで式の準備が整いました。》
神主の言葉で、頭を上げる。
その後、とんとん拍子で式は進んだ。
そして、披露宴。
俺と雪原は白丸・黒丸に呼ばれ、会場の隅へ来ていた。
ここで待っていてください、と言われ、しばらく待っていると、花嫁と花婿が陰から出てきた。
「椹木さん、先日は甥を見つけてくださりありがとうございました。
我々は神域から離れられないものですから…」
ああ、やっぱり雪原と出会った日の依頼者だったのだな。
「いえいえ。無事、社に帰っていただくことができてよかったです」
「そして雪原さんも、手伝ってくださったそうで。本当にお二方とも、ありがとうございました」
「え、わたし!?いえいえ、こちらこそ助かりました!?」
雪原がテンパって天然な回答をしているのに思わず笑ってしまいそうになる。
そんな俺たちを見て、花嫁さんがくすりと笑った。
「実は…甥は、姉夫婦が遺していった子なんです。いなくなってしまって、気が気ではなくって」
視線を落とす花嫁の肩を、花婿が支えた。
「本当に、助かりました。後で聞けば、甥は迷子になってしまっていたそうで。
それで、大袈裟だと思われると思いますが、命の恩人として私どもの結婚式に招待させていただいたのです。私たちはこの神社の神使ですから、ここを離れられませんし、直接お礼を申し上げる機会がありませんでしたの」
「そんなそんな、ご丁寧にありがとうございます」
まさかそこまで感謝してもらえるとは思っていなかったから、少し嬉しいまでもある。
「ですので、今日はお料理など、ぜひ楽しんでいってくださいね」
花婿が言葉を添えた。
「わかりました!ありがとうございます!お料理!!」
雪原が横で、るんるんで返事した。
俺もその横で礼をした。
「では黒、白。あとは椹木さんたちをおもてなししてね」
そう言って狐の花嫁花婿たちは去っていった。
「ふうう、わたし、すごく緊張しちゃいました。
変なこと口走った気がする…」
横でため息が聞こえる。
《料理、楽しみなんでしょう?一緒に行きましょう》
白丸が優しく雪原に付き添ってテーブルの方へと言ってしまった。
なので俺は黒丸と会話することにした。
「俺、本当に何もしていないのに、結婚式に招待してもらっちゃって、綺麗な着物を着せてもらってしまって、なんだか申し訳ないです」
黒丸は俺を見て微笑んだ。
《これは、”縁結び“のようなものですから。》
縁結び、それはどう言うことだろうか。
不思議そうな俺を見て、また彼は微笑む。
《近代から現代に進むにつれて、人の世と隠世の繋がりはどんどん希薄になってきています。なので少しでも、奥様は人間との関わりを持ちたいと思っていらっしゃるのです。特に神社仏閣などでは、人の信仰が妖の力になりますから。》
「そうなんですね…」
正直、東京ではそこまで妖と関わる機会は多くなかった。
街中で妖怪はほとんど見かけなかった。
しかし、ここ京都では、右を見れば天狗、左を見れば化け猫、と言ったように人と妖が共生しているように見える。
古来から、都であったからだろうか。
《そういうことなので、ぜひ、秋斗様もこの場を楽しんでいってください。》
黒丸はそう言ってバチーンとウインクをし、俺から離れていった。
やけに現代的だな、京都の妖は。
⭐︎
「秋斗くん、白丸さんはべつのお客さんの対応をしなくちゃいけないんだって。
わたしたちも、そろそろ帰る…?実は、わたし明日までの宿題やらなくちゃでさあ」
時間は2時半を少しすぎたところ。
デザートの和菓子までいただいて、そろそろお開きかなというところで、別行動していた雪原が声をかけてきた。
「ずっと白丸といたのか?」
そう聞くと、雪原は首を上下に振った。
「そうなの。ずーっと私と美味しいスイーツの話をしてたんだ。それで今度、いっしょに有名菓子店めぐりをしようって約束したの。
ほら、連絡先も交換したんだよー」
俺の目の前にスマホの画面を突き出す。
確かに、友達欄のところに、《白丸🦊》と登録されていた。
雪原、コミュ力高いんだな。
「それで、そろそろ帰るー?って聞きにきたんだけど、どうする?」
「じゃあそろそろお暇しようか。ちらほら帰る人も見かけるし」
そう言ったとたん、目の前に白丸黒丸が現れた。
《お帰りですか?お見送りいたします》
「わ、白丸さん黒丸さん!?」
横で雪原が素っ頓狂な叫び声をあげ、まわりにいた人たちが振り返った。
《いかにもわたくしたちですとも。宿題があるんですってね。またぜひお会いしましょう》
白丸が満面の笑みを浮かべた。
《秋斗様。我々も連絡先を、ぜひ》
黒丸にスマホのQRコードを見せられ、それを読み取る。
新しく友達欄に《Kuro》が現れた。
「ありがとうございます」
《こちらこそ。では、また連絡いたしますね》
「じゃあ、みなさんありがとうございました!!ばいばい!!」
笑顔で雪原が二人(匹?)に手を振り、俺も礼をする。
二人がゆっくりと頷いた瞬間、俺たちは制服の姿で参道に立っていた。
「わ、わあああ着物消えちゃってる!?」
横で驚く雪原。
「全部、術だったのかな」
「そうかもしれない」
「じゃあ、わたし、宿題頑張ってくるね!またあした!!」
雪原はいつもの三つ編みポニテを揺らしながら、狭い路地に入っていった。
「また明日、か」
俺も今日の出来事をいつか波留に話せる日がくるといいな、などと思いながらゆっくりと帰路に着いた。
ポケットの中で揺られるスマホの通知は二件。
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