壁には大蝦蟇が張り付いている。

目の前には雪原萌柚。

そう。なぜか、俺は雪原萌柚の部屋に来ていた。

「よかったー帰りに買えて!!」

そう言いながら彼女は紙の包装をべりべりと開けた。

お皿に並ぶ、それは。

「生八橋!!おいしそうでしょー?」

「あ…うん」

俺が生八橋を食べたことがないと知った雪原は、稲荷からの帰りに買おうよと店に寄ってくれた。

そして、雪原の部屋で食べることになったのだが。

別に、雪原の家に来る必要、無くないか?

もしや、俺が雪原を監視していることに気づいたとか…?

とりあえず警戒するために、俺は大蝦蟇を出し、壁にくっついてもらっている。

雪原はまったく気づく様子を見せない。

さっき、腐った鬼と戦った時は、普通の人にも見れるように蝦蟇を出したのだが、今はいつも通り呼び出したのだ。

彼女はどうやら霊感を持っていないらしい。

それか、持っていないふりをしているか。

まあとにかく、何かあれば蝦蟇で対応すれば問題ない。

「私お茶継いでくるから!さき食べてていいからね!」

「…手伝うけど」

「いいのいいの!ごゆっくり!」

「ありがとう」

彼女が慌ただしく一階へと降りていく。

なんだか申し訳ない。

生八橋の、緑色の方へ手を伸ばす。

たしか、抹茶味だったはずだ。

…でもやっぱり、彼女が戻ってくるまで待つことにしよう。

俺はスマホへ手を伸ばした。

ホーム画面には、母・父、そして波留が映っている。

遠くから写した写真だから、はっきりと顔の詳細までは見えない。

けれど、やっぱり思うのは、俺が親と写っている写真はどこにもないってことだ。

写真フォルダを漁る。

最近のは依頼の資料ばかりだ。…早く消さなくちゃ。

景色。依頼の他は景色ばかり。

あ。

友達と、俺。

波留を撮った写真。

友達と、波留と、俺。

波留と俺。

波留と家族を撮った写真。

…波留。

今から二ヶ月より前の写真はあいつで埋まっていて。

最近のは景色と依頼の資料ばっかりだ。

波留の部屋とか、ぜんぶ俺を苦しくさせることだってわかってたのに、なんで見てしまったのだろう。

たんたんたん、と雪原の足音が聞こえる。

遅かったな。

「お待たせーーー!!!」

バンっとドアが開き、お盆を持った手が見える。

「見て見てー!前おやつ用に水無月を買っておいたの!!緑茶にぴったし!」

「水無月…?」

「ういろうに小豆を乗っけてあるんだよー!」

そう言いながら雪原が和紙でできた箱をかぱ、と開けてくれる。

「ほら、包丁で切ってきたんだ!」

長方形のういろうが、三角に切られている。

くろもじとお皿を渡され、取って取ってと急かされる。

「ありがとう」

涼しげな白と黒の和菓子が俺のお皿に乗っけられた。

「ういろうが氷に見立ててあるんだよ」

「へえ…」

由緒ありそうなお菓子だ。

「なんだか、すごく高級そうなのに、ありがとう。出してくれて」

「ええーいいんだよ!?気にしないでー。わたしも食べたいって思ってたから」

彼女の目が俺の皿の上の八ツ橋にとまる。

「ごめん、八ツ橋まだ食べてなかったんだ。待っててくれてありがとう」

「いや…こちらこそ色々気を遣ってくれてありがとう」

どうしても雪原が悪いやつには見えなくなってきてしまった。

だけれど…。

今までのことを思い返せ。

ずっと裏切られ続けてきただろう?

波留も、俺も。

「…食べないの?」

ぷるぷるとした水無月を見つめながら、思考が止まってしまっていたようだ。

「ごめん、食べる」

…もっちり。

小豆の上品な甘味と、もちもちした食感のういろう。

すごく、
「美味しい」

「でしょ〜」

ふわふわに笑う彼女に警戒心が解けそうで、慌てて気を引き締める。

一緒に食事をすると、警戒心が薄まるというのは本当らしかった。

「八ツ橋も食べてみてね」

「ああ…ほんと、美味しい」

ゆずと抹茶のアソート。

ふたつとも甘くて、でも甘すぎなくて、水無月と同じ上品さを感じさせた。

こんなに美味しい和菓子が京都にあったなんて知らなかったな。

「今度は別のお店のも食べてみてね」

そういう雪原に驚く。

「別のお店もあるのか」

「うん、水無月も、八ツ橋も、あるよ?」

まさか知らなかったの?というふうに見てくる。

「…食べてみる。ありがとう」

甘党の俺…、京都に住んだら、一ヶ月くらいで倍くらい太ってしまいそうだ。