友達になってください。そう告げるだけなのに、この歳になると恥ずかしさのほうが勝ってしまう。

 何度か言いかけはしたのだが、未だ伝えられずにいた。

 今日こそはと、ポケットに入れておいた橋沼から貰った飴を取り出す。

 伝えたはいいが変な顔をされたらどうしよう、なんて悪い方へと考えてしまう。

「いや、橋沼さんはそんな人じゃないって」

 まだ付き合いは短いがそう思える人だ。きっと大丈夫だからと飴の包装紙をとり口の中へと入れた。

 少し甘めの飴をコロコロと転がしながら美術室へと向かいドアを開く。いつもの場所に座っているのは橋沼ではなく見知らぬ人だった。

 もしかしたら美術部員だろうか。もしそうだとしたら部外者である俺は遠慮すべきだろう。

 結局は言えず仕舞いだなとため息をついて踵を返すが、

「待って。田中君だよね。総一から聞いている」

 声を掛けられて彼のほうへと向きなおした。

 下の名で呼んでいるし友達だろう。ずいぶんと顔のいい男だ。

「橋沼さんは?」
「ん、クラスの用事。それを伝えに来たんだ」
「そうなんだ」

 いつも座っている場所に腰を下ろす。

 まだ橋沼とは連絡先を交換していないので頼まれてきたのだろうが要件を告げたのに帰る様子がない。

 なんだか居心地が悪く、アプリのゲームでもして待っていようとスマートフォンを取り出した。

「ねぇ」

 声を掛けられ顔を向けると、

「君って、あの、卑怯者君だよね?」

 いきなり何をとふつうはそう思うのだろうが、彼の表情を見て何を言いたいのか解った。自分と葉月の間に起きた出来事を知っているのだろう。

 橋沼は何もいわなかった。だから自分から伝えることはしなかった。嫌われたくないから。

 だが同じ学校にいるのだから誰かから聞くこともありうることだ。

「自分だけが助かろうだなんて最低だな」

 彼が向けるのは敵意。友達が田中と仲良くしていることが許せないようだ。

「お前さ、もう美術室に来るなよ」

 ただ用件を伝えに来たのではなく、これを言いたかったのだろう。

「どうしてアンタがそんなことをいうんだよ」

 橋沼からいわれたわけではないから、いうとおりにする必要はない。

 だけど怖くて体が震えて手汗をかいている。

「総一もお前がしたことを知っているぜ。あいつは優しいから何もいわなかったんだろう?」
「え……」

 橋沼は知っている。自分がしてしまったことを。

 唖然とする田中に、

「出て行けよ」

 と追い打ちをかけられて、田中は席を立つと美術室から出て行った。



 気が付けばブニャに会った場所に座り込んでいた。

 知っていたのに何もいわずに側においてくれた。それは橋沼のやさしさだろう。

 それに甘えてしてしまったことを忘れようとしていなかっただろうか。

「にゃん」

 今では食べるものの匂いがなくても顔をみせてくれるようになったブニャを抱き上げて顔を埋める。

 自分のことしか考えていない。だからこんな目に合うのだ。

「田中」

 こんなに存在感がある人なのに気配を消すのが上手い。いつの間にか傍に橋沼の姿がある。

「どうしてきたんだよ」

 いや、そうじゃない。どうしてここに来てしまったのだろう。美術室にいなければここにいるかもしれない、普通はそう考えるだろう。

 ぶにゃを地面におろし橋沼の脇を抜けて玄関とは別のほうへ歩き始めるが、

「田中、美術室へ行くぞ」

 そう引きとめられた。

 田中のしたことを知っているのにまだ構おうとするのか。いまはその優しさが辛い。

「いかない」
「よし、選ばせてやる。美術室にいくか、恥ずかし固めをくらうか」
「なんだよ、それっ」

 恥ずかし固めとは、股を開かせた体勢でホールドする関節技のことだ。

「股、開きたくはないよな」

 ダメージを受けたところに追い打ちをするのか。ここでそんなことをされるなんて嫌に決まっている。

「俺にかまうなよ」
「嫌だ。ほら、どうする?」

 と腕を掴まれる。抵抗しても力では敵わない。

「わかった、美術室に行くから放してくれ」
「美術室まで行ったらな」

 腕を引かれながら美術室へと向かう。中に入るなり田中は橋沼の手を払った。

「なぁ、知っていたんだろ、俺がしたことを。それなのに、どうして」

 その答えを聞くのが怖いが口にせずにはいられなかった。

 橋沼の本当の気持ちを知りたかったからだ。

「俺は今の田中としか付き合いがないんだぞ? 誰かに酷いことをした話をされてもなぁ、嫌いになれない」

 その言葉を聞いて田中はしゃがみこんだ。