「総一」
「冬弥は心を、秀次は描きたいという気持ちにさせてくれた。だから一緒に、な」

 背中がじわりと温かい。ふたりの気持ちがそこから伝わってくるかのようだ。

「わかった。な、冬弥さん」

 下の名で呼ぶと冬弥が目を細めて、そしてデコピンをされた。

「いっ」
「俺が下の名前で呼ぶより先に言いやがって。生意気なんだよ秀次は」
「ははは。妬けるくらいに仲がいいな」

 とふたりの間に入り込む。

「俺らの仲に妬いてるのぉ」

 うふふと笑い口元に手を当てる冬弥に、妬いた橋沼が田中にしたことを思い出してドキッとする。

 しかも橋沼の指が自分の唇をトンと叩くものだからいたたまれなくなって田中はふたりから離れて店の中へと入っていった。

 ふたりも田中の後を追い店の中へ。そしてこっちだと橋沼が階段を上がっていく。

 一階は文具、二階は画材とわかれていた。

 文房具は百均やコンビニで買えばいいし美術は選択授業で選んでいないので画材道具をそろえることもない。

 はじめて入るこの店は品揃えが多くて驚くばかりだ。

「なんかすげぇな」
「そうだろう。ここは俺が一年の時に三年の部長が連れてきてくれたんだ。それからちょくちょく利用させてもらっている」

 橋沼もはじめて来たときはその品ぞろえに驚いたそうだ。

「本格的に絵をはじめたのが高校からだったからな」

 それまでは趣味でスケッチブックに描くくらいだったそうだ。

「へぇ、そうだったんだな」
「俺もはじめて来たときは秀次のような反応をしたぞ」

 と腕を組んで懐かしそうに冬弥が話す。

「でも今じゃ何がどこにあるか解るぞ」

 何故か自慢気にいう。

「つき合わせたからな。それではキャンバスが置いてあるところまで秀次を案内して」
「おう。後輩よ、ついてきな」

 冬弥が案内した場所には色々なサイズのキャンバスが置かれている。

「たくさんあんのな」
「あぁ。人物、風景、海景、正方形というサイズの規格がある」

 指で斜めに傾けてみせてくれる。

「そうなんだ。あ、説明はいらねぇから。わかんねぇし」

 説明してくれようとしているのだろうが聞いても忘れてしまうだろう。

 橋沼の好きなことなのに話をきいてあげないのは悪いと思うがはっきりと伝えておく。

「わかった。説明はしない」
「なぁ、適当に時間をつぶしてっからさ、総一さんはゆっくりみていなよ」

 側にいられると鬱陶しいのではないかとおもい離れていようとするが、

「待って。秀次にお願いしたいことがあるんだ」

 と引きとめられる。

「え、俺に?」

 絵のことは全然わからないのは橋沼もしっているから荷物持ちをしてほしいのだろうか。

「荷物持ちなら――」
「モデルをしてくれないか」

 思ったことと違う内容、しかもモデルとか隣にかっこいい男子がいるというのに。

「うそだろ、冬弥さんじゃなくて俺!?」
「秀次がいいんだ」

 舐めるように眺め、しかも首を撫でられて鳥肌が立った。

「総一、エロい顔で秀次をみているんじゃないよ。驚いてかたまっているだろ」

 橋沼の視線から遮るように冬弥が田中の前に立つ。

 このままみられ続けたら、自分はどうなっていただろう。

 ほう、と息を吐いて自分の腕を擦った。

「俺らは店の中をぶらついているから」
「わかった」

 いくよと田中の腕を叩き歩き出す。その後をついて橋沼から離れた。






 店の中をぶらついた後、トイレの近くに座れる場所がありそこに腰を下ろす。

「秀次のことになると周りがみえなくなるからなぁ」

 と冬弥がぼやいた。

「あの人、手がはやいよな」
「それだけ惚れられているってことだよ」

 指で肩を押されて田中は困惑気に首を傾けた。

「まぁ、そっちの件は相談にはのるけれど考えるのは自分でな。モデルの件は協力してやってほしい」

 本当に自分なんかでいいのだろうか。どうしても冬弥と比較してしまう。

 その視線に気が付いたか、

「男前の俺よりも秀次がいいって」

 ふざけた調子でいい、自信を持てと背中を強く叩かれた。

「確かにイケメンだけどさ、自分でいうかよ」

 橋沼が自分を選んでくれるというのなら強力は惜しまない。

「わかった。モデルを引き受ける」
「ありがとう」

 橋沼の声がして振り向いた。

 買いものは終わったようで、田中は背を向けていたので気が付かなかった。

「聞いていたのかよ」
「モデルを引きうけるって、それだけな」

 タイミングよく来たということか。

「そっか。じゃぁ、そういうことで」
「ありがとう秀次」

 橋沼が両手を掴んで嬉しそうにみつめてくる。その顔をみることができてよかった。

「はいはい、店の中ではやめようね」

 ふたりの世界に入りかけていた。我に返ってあわてて店を後にした。

「ふたりとも、今日は付き合ってくれてありがとう」

 店からは皆帰る方向が違うのでここで別れることとなった。

「おう。また明日な」

 手を振って先に冬弥が帰っていく。

「それじゃ俺も帰るわ」
「あぁ。今度はふたりきりでデートをしよう」

 デートじゃなくて遊ぶ約束な、といいなおそうとしたが、橋沼の顔をみていたらいうのをやめた。

 相手に押されっぱなしで自分のペースにもっていけない。恋愛に慣れてない人のようにまごついている。

 今までならかっこ悪くてダサいと思っていただろう。だがこういうのも悪くない。

 橋沼と出会い、田中は変わったのだ。本当にすごい存在だ。

「秀次?」
「あぁ、今度はふたりでな」

 とん、と、橋沼の肩をグーで軽く殴って「またな」と手を振った。