「リスティーナ・アレクサンド、レベル9999!」
「おおっ!!」
 貴族の子弟が多く集まる王都の魔術師学院の鑑定は、王の御前で執り行われる。
 先輩方や多くの有力貴族も見守る中、私は目立ちに目立っていた。
 
「見事である、リスティーナ・アレ――」
「おい、ふざけるな! そんなめちゃくちゃな鑑定結果、まちがいに決まっているだろ!」
 王様の御言葉をさえぎって、先輩の1人が声を上げた。
 
 正気かこいつ……?
 
 オールバックのいいとこ風の少年は語気を荒げ、そんなことはありえない、きっと何か不正をしているんだろうとわめき散らし、しまいには僕と決闘しろと手袋まで投げる始末。
「そやつを連れて行け」
「な、なにをする!? 離せっ! ボクは伯爵家の次男、ナイハルト・シュタッカートだぞ!」
 
 おまえが言葉をさえぎった御方は、この国の王であらせられるぞ?
 
 ナイハルトは複数の兵士に引きずられ、最後までしぶとくわめき散らしながら退場した。
 しばし、ホールに気まずい空気が流れる。
「騒がせたな、リスティーナ嬢。入学おめでとう。学問に励むよう期待している。よき日々を」
「はい、ご期待に沿うよう努力いたします。よき日々を」
 当たりさわりのない返事をして、私は鑑定の儀を終えた。
 
 私の鑑定結果を見ても眉ひとつ動かさない豪胆な方だが、王はご高齢でお体の弱いので中座した。
 ホールでは歓談が始まる。
 ここではお貴族達の青田買いが始まり、将来有望そうな子供達には声がかかるのだ。

「……」
 私はというと、広いダンスホールで『壁の花』となっていた。
 誰も近づかない。声もかけない。遠巻きに見られている。
 得体がしれないインチキ女と思われているのだろう。
 刺すような視線を感じるので、あの鑑定結果に文句の一つでも言いたいのだろうが、先のナイハルトくんの失脚を見て、うかつにちょっかいをかけられないようだ。
 
 不正を糾弾するならまず証拠を。
 王都の最新魔術で鑑定した結果なので、私の力は国家承認のもの。
 どんなにありえない数値が出ても、それに異を唱えるならそれなりの証拠がいる。

「おい、そこのインチキ女!」
「……」
「そこの女! おい、無礼だぞ! こっちを向け!」
「……」
 まあそれでも、自分が理解できない存在を無視できない人間は一定数いる。 
「いい加減に……!」
 ガン無視してたけど、そいつは後ろから乱暴に肩をつかんできた。
 上からの物言いがとても不快なので、横目で“威圧”してやる。
「か、かはっ……!?」
 心臓を直接鷲づかみにするような不可視の衝撃に、ソバカスの少年はよろめいてヒザをついた。
「さわらないでいただけます?」
「ふはっ……ふはっ……」
 少年は胸を押さえて脂汗を流し、窒息したようにあえいでいる。
 少年の異変に周囲がざわめき始めたが、私が何の手も出していないのは、私を観察していた多くの目が証明してくれる。
 だが――。

「そ、その女だ! その女がやったんだ!」
「え~……?」
 どういう了見か、小太りの少年が私を犯人だと指さす。
 いや実際そうなのだが、でもはた目に見ればいっさい手を出してないはず。
 騒ぎを聞きつけ、兵士がぞろぞろ集まって来て私を取り囲んだ。

「リスティーナ嬢が危害を加えたというのは本当ですか?」
「ホントだよ! ボクは見た! あいつがやったんだよ!」
 おい、証拠出せやデブ。
 
 周囲のひそひそ声で判明したが、デブもソバカスも侯爵家のご子息らしく、実家が田舎男爵家の私には分が悪い。
 証拠がなくとも家格の差で彼の証言は優先され、私は傷害の罪で捕らわれてしまうだろう。

「特に外傷は見られないが……? すみません、具体的にどう危害をくわえられたのですか?」
「えっと……なんか目でにらんでた! 間違いないよ!」
「えっ……? あの、それは……」
 それはやったという証拠にはならない。
 事情を聴いた兵士も困惑してこちらを見るが、私は知らぬ存ぜぬで通す所存。まったく知らんと静かに首を横に振る。

「――かはっ! ハァハァッ!!」
 威圧の効果が解けたのか、ソバカスの侯爵子息は大きく息を吐いた。
 担架を運んで来た兵士達に肩をかりてなんとか立ちあがると――とてもおびえた表情で私を見た。
 露骨に私を恐れている様子だったので、やはり私がやったのかと、みんながザワめきだす。

「ほらっ、やっぱり! あいつだよ!」
「あん?」
 私がガンを飛ばすとデブは黙った。

「……失礼、リスティーナ様。申し訳ありませんが、事情聴取のためご同行願えますでしょうか?」
「……承知しました」
 また事情聴取か……。
 でも容疑をかけられた以上、形だけでも取り調べはしなければならないのだろう。面倒に思いながらもうなづく。
「すみません、通してください!」
 担架が運び出されて道が開けたので、兵士の背中を追って私もついていく。

「魔女め……!」
「悪魔のような顔をしていたわ……!」
「ふん、すぐに化けの皮をはがしてやる……!」

「ああんっ?」
 ヒソヒソとうっとうしいので威圧抜きでガン飛ばしてやると、そいつらは気まずそうに目を逸らした。
 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。 
 このあと警備室でお茶菓子をいただきながら形式だけ話をして、すぐに解放されたのだった。