二週間近くかけてルーフォス連邦の首都、クラプン王都に到着。
 六角形の巨大な白い城壁に囲まれた城塞都市の中心には、天にも届きそうな白亜の宮殿が見える。
 それはブルジュ・ハリファやスカイツリーにも勝る、高度2万メートル以上にも達する三つの大宮殿。
 超高層の建造物は高い強度や建築技術が必要とされるが、魔術の極みである『融合魔術』は分子レベルでのあらゆる物質の結合を可能とした。
 それによって魔導文明は軽量かつ高強度の超合金を生み出し、高い運動能力と建造技術を持つ巨人の力を借りることによって瞬く間に近未来のような都市が築かれたのだ。

 宮殿の頂点から細い糸のような物が何本か空に向かってどこまでも続いている。
 これは月と地上をつなぐ軌道エレベーターのライン。
 実際には衛星軌道上の物資輸送用中継ステーションに繋がっているのだが、遠すぎてそう見える。
 この世界はSFにある軌道エレベーターをすでに実現させ、魔導物質が豊富にふくまれた月から資源を大量輸送している。

「はぁ……すっごいなぁ……」
 思わずため息が出る。
 荘厳なファンタジーの世界に、圧巻の軌道エレベーター。
 ラインの延長上に浮かぶ円盤状の軌道ステーションからは、ときどき円筒形の物体が射出されている。
 輸送ポッドは射出後に音速を超え、厚い大気の層を突き抜ける際の摩擦でポウッと赤く光った。
 魔術と科学が高度に融合した世界、これが私の暮らす世界『ファスナスト』なのだ。

 城壁の前には満載の荷物を牽いた商人や冒険者が列をなしていた。
 簡易的な防疫の役割を果たす青紫色の光膜で覆われた城門の左右には、黒光する甲殻で鎧われた30メートル級の巨蟲二匹が周辺の監視に当たり、鋭い羽音を立ててその場に浮かんでいる。
 蠅のようなおぞましい顔を持つ十本肢の甲殻蟲は、『ベルゼバブ』という。
 見た目のグロさは置いといて益虫であり、人類が使役できる最上位レベルである中位魔王級の巨蟲である。
「ブブブブブブ……」
 私を見たベルゼバブが羽ばたきを止めて地面に降りた。
 数千トンもの巨体によって地響きと土埃が舞い、辺りは逃げ惑う人々で騒然となる。 

 何をしてもレベルが上がってしまう私は、すでにカンストしている。
 現在9999レベルに達していて、この世界における最強が50レベルなのを参考にしていただけると、これがいかに非常識かご理解いただけるだろうか。
 あの「パンパカパーン!」とうるさいのが無くなったのはいいが、王都で鑑定したらえらい騒ぎにならないかと心配になる。なった。

「どいてくださいませんかしら?」
 私は馬車から降りてベルゼバブと対峙する。
 動物以上の鋭い感覚器官を持つベルゼバブは、可憐な乙女にしか見えない私を瞬時に脅威と認識した。
 戦車や軍艦を真っ向から叩き潰せる、戦術兵器クラスの怪物が複眼を赤の警戒色に染め、こちらの出方を静かにうかがっている。
「ブブブブ……!」
 焦れたのか、ベルゼバブの一匹が口元をワシャワシャさせながら腹這いで向かってくる。
 巨体に見合わぬ俊敏さでジグザグに蛇行し瞬く間に接近するが、私はあわてることなく初級呪文である『ファイヤーボール』をひょいと放った。
 無詠唱で放たれた低速の小さな火球が地面に落着する刹那、ベルゼバブは土埃を巻き上げながら進行を止め、羽を広げすぐさまその場から飛び退いた。 
 すぅっと火球を吞み込んだ大地は溶鉱炉のようなオレンジ色に染まり、ボコボコ沸騰したかと思えば――爆発した。
 噴火したかのように炎の柱が天を衝き、空中のベルゼバブの体をかすめた。
 前肢と片羽を失いバランスを崩して落下するベルゼバブ。
 地面に激突して猛烈な粉塵が周辺を覆うが、私は手で「ふん!」それを軽く払った。
 凄まじい突風が巻き起こり、視界があっという間に晴れ渡る。

 どけ……!

 ベルゼバブを視界に捉えると、私はほんの少しだけ殺気を混ぜた威圧を放つ。
「――ブブッ」 
 己の死を予感したのか、使役魔術による拘束を逃れ、ベルゼバブは半ばから焼失した前肢をひょこひょこ動かして逃げて行く。