それから13年の月日が経った。
 そこそこ美しく成長した私は“魔術の師匠(エルフ)”との約束どおり、王都の魔術士学校に向かう馬車に揺られていた。
「ねえねえお嬢、王都楽しみだね~♪」
「ナディア、私には敬語を使いなさい」
 私と向かい合って座り、窓の外の景色に感嘆するナディア。
 
 ナディアと父の関係はずっと良好だった。
 だがあまりに良好すぎて妹を身ごもってしまったから母にブチギレられ、家庭不和がしばらく続いたので私が旅のお供として誘った。

 実家が子爵家の母は父よりも立場がだいぶ強い。
 母に詰められた結果、父はしぶしぶナディアを手放すことになった。
 
 自由奔放で誰にでも分け隔てなく優しい彼女は、お屋敷では大人気。
 出発するときは父を含めた多くの使用人達が、彼女との別れを涙ながらに惜しんでいた。

「いいこと、淑女はいつも礼儀正しくが基本よ?」
「はい、お嬢様~!」
 元気いっぱいに敬礼するナディア。
 耳は長くないけどハーフエルフである彼女は、見た目は十代だが60歳を超えているらしい。
 シャギーのかかった艶のある黒髪に透ける白い肌、慈愛に満ちた深い色の黒瞳は神秘的な輝きを持つ。

「こんな調子で大丈夫かしら……なんだか心配だわ」
 私はお澄ましして、困ったように頬に手を当てる。
 長い修行を経て礼儀作法を身につけた私は、いっぱしのレディに生まれ変わっていた。
 環境で人は変わる。
 苛烈な性格の母から貴族社会で通用するようスパルタで鍛えあげられ、私はなんと『女言葉』を身に着けたのだ!
 前世では会社ですらろくに使わなかった女言葉を!
 ま……それ以外はまったく身に付かなかったのだけど。

「お姉様~、お尻いた~い!」
「仕方ないわね。こっちにいらっしゃい」 
 ナディアのとなりに座っているのは、妹のクルカ(12歳)。
 ハーフエルフのハーフなのでクォーターエルフのクルカは、実年齢の半分くらい幼く見える。
 何でも興味深そうに見つめるパッチリとした大きな黒瞳と、天然パーマ気味のクリックリの黒髪が可愛い女の子だ。
 私のおさがりのピンクのドレスを着ているけど……とても可愛い。大好き。
 
 クルカは、ありていに言うと父の“御落胤(ごらくいん)”ということになる。
 けれどナディアの愛情をいっぱいに受け、素直で元気ないい子に育った。
 実家にいたときは母の目もあって隠れて遊ぶことしかできなかったけど、今は誰の目もはばかる必要はない。

「わ~い! わたし、お姉様のおヒザ大好きー!」
「レディがはしゃいではダメよ」
 ヒザにのったクルカは私にギュッとしがみつく。
 マシュマロみたいに柔らかくて、子供特有の高い体温が直に感じられてとても心地がいい。

「二人とも仲良しさんだねぇ~♪ うりうり~♪」
「きゃ~♪」
 ナディアは愛娘の髪をクシャクシャなでて幸せそうに笑う。
 いつも元気で笑顔なこの二人さえ一緒なら、王都のブラック企業に就職させられても耐えられそうだ。
 きっと大丈夫だろう。