「どうぞ、こちらです……」
「失礼いたします」
 地方の貧乏貴族でしかない親父はみずから部屋の扉を開け、黒衣の魔導士を俺の部屋に招き入れた。
 さすがにナディアは同席させなかったようで、その代わり厳格そうな眼鏡の老女が俺を抱っこしている。
 部屋に入って来た魔術士は目深にかぶっていたフードを下ろし、長い耳と美しい空色の髪をなびかせた。
 
 エルフってやつだ。
 漫画で見たことあるけど、冗談みたいな美形だな。

 エルフは俺の目線に合わせて腰を落とし、頬に優しく手を当て、エメラルドグリーンの澄んだ瞳を向ける。
「怖がらなくていい……すぐに終わる」
「さわんな」
 俺は魔術士の手をぺしっとはたいた。
「しゃべったああああああああっ!!?」
 いや、あんたは知ってるだろ?
 なんで毎度毎度新鮮な絶叫を披露するんだよ。 

「驚いた……どうやら御息女は神の恩寵を享けている。だが、神の恩寵は常に大いなる試練と共にある。御息女の人生は並の人間が歩むより遥かに厳しくけわしいものになるだろう」
 俺の瞳をのぞき込んだエルフはそのようなことを。
 
 えっ? そんな感じなの?
 チ―トスキルでらくらく人生を想定してたんだけど?

「なんか聞いてた話とちがう……」
「フッ……すでにこちらの言葉も理解しているようだ。素晴らしい資質だ」
 エルフは興味深そうに俺を間近で見て頭をなでる。
 
 おまえさ、いくら顔のヴィジュアルがいいからって、男が女に勝手にさわっていいと思うなよ?

「まずは能力の鑑定をさせていただきたいが……よろしいか?」
「あ、はい! もちろんです!」
「どうせ俺には拒否権ないんだろ? 勝手にしろよ」
 ふてくされた俺は腕組みしてふんぞり返る。
 それを見た魔術士は少し笑って、俺の頭にソッと手を置いた。
「“鑑定(サーチ)”」
 すると魔術士の手前に青白い光で構成されたウインドウが展開し、見たこともない文字がコンピューターのプログラムのように上から下へと流れる。
「なるほど……やはり興味深い。御当主、少しご相談があります」
「はい! なんなりと!」
 親父は揉み手で返事すると、魔術士と部屋を出て行く。
 
 終わったな……。
 俺の持つ特別なスキルを見られてしまった以上、今後の人生は国の厳重な管理下におかれるだろう。
 命令されるがまま、望まぬ苦役を課せられるのだ。

「よかったな、娘よ!」
 30分くらいしただろうか、扉をバーンと開いて満面の笑みの親父が突入して来た。
「魔術士様の! ご推挙で! おまえは! 王都の! 魔術士学校に入れるんだぞ~!」
 親父は老女から俺をひったくり、俺の両脇を抱えてクルクル回る。
「おい、まわんな親父! 目がまわる! まわんな!」
「はっはっはっは~!」
「ヒゲが痛いからスリスリすんな!」
 額をペシペシ叩くが、まったく効果がない。
 
 “パンパカパーン!!”
 
「うるせえよ!?」 
 まばゆいスポットライトの下、俺に頬ずりする親父殿。
 ヒゲが痛いしちょっと臭い。
「臭いからさわんな」
 俺は身をよじりながら両手で親父の顔を突き放す。
「……」
 この言葉はちょっと効いたようで、親父はしょんぼりうなだれて老女に俺を返した。
 うん、ちょっと言いすぎたよ。
 悪かったな親父。