私は前世では五人の兄と一緒に育った。
 おかずを奪い合ったり、おもちゃを奪い合ったり、プロレスごっこしたりして過ごしていたので、男勝りというか男そのものだった。
 このままではいかんと親が女子高に無理やり放り込んだが、彼女が何人かできただけで性格は変わらずじまいだった。

 嫌いな兄貴達の彼女を全員寝取って地元も居心地が悪くなったので、高校を卒業して都会に出た。
 特にやることが見つからないままフリーターでダラダラ過ごしていたとき、街を歩いてたらスカウトされた。
 
 わざとらしく札束の見える財布から名刺を出したそいつは、スーツ姿の軽薄そうな男だった。
 それでも何かが変わると期待した俺は、その誘いに二つ返事でOKした。
 
 晴れてモデルになった俺は、一定の層にそこそこ売れた。
 背が高く引き締まった体つきと中性的な整ったマスクは女性に受けて、二十代後半までモデル業を務めた。
 とてもよくしてくれたスタッフさん達と話すうちにそちらの仕事にも興味が出て、引退後は紹介された大手事務所に入社する。
 
 残業の概念がない過酷な業界の荒波に揉まれながらも、日々成長する少女達の羽化を温かく見守り、素敵な笑顔で感謝の言葉をもらえたり、ガチめの告白なんかされたりして、忙しいながらも確かなやりがいを感じていた。
 あと十年くらい勤めて人脈と貯金ができたら、自分の事務所を立ち上げてやるという野望もあった。
 それを……トラックごときに。

「――ハッ!?」
 ふたたび目覚めると、そこは揺りかごの中。
 俺は男爵家の長女、『リスティーナ・アレクサンド』として転生していた。
 赤ん坊として過ごした半年の記憶が脳内を超高速で駆けめぐり、しだいに明瞭になってくる。
「う~ん……なんか動きづらい……」
 成人女性から一気に赤ん坊にもどったので、体の感覚の違いに戸惑う。
 やることがないのでしばらく天井をながめていたけど、とにかく退屈だ。
「えいっ」 
 背中がちょっとムズがゆいのでごろんと転がる。
 その次の瞬間、レベルが上がった。

 “パンパカパーン!! おめでとうございます!! レベルが上がりました!!”

「――!?」
 スポットライトのまばゆい光と共にファンファーレが鳴り響く。
 さらには盛大な拍手まで巻き起こり、屋敷中に届くボリュームで俺のレベルアップが宣言された。

「おい、今のは何ごとだ!?」
 しばらくすると騒音を聞きつけ、親父が部屋に飛び込んで来た。
「おい、リスティーナは無事か!? いったいなにがあったんだ!?」
 それはこちらが訊きたい。
 親父は俺の無事を確認してホッとしてから辺りを見回し、椅子に座って船をこいでいるメイドの肩をガクガク揺さぶる。

「おい、ナディア! 何があった!? 寝るな!」
「ふあ~い……」
 イスの脚を蹴られて目を覚ましたメイド『ナディア』が、のんきにあくびしながら返事する。
「先ほど何者かが、『レベルアップ』がどーとか大声で叫んでいたが、何ごとか知らぬか?」
 
 あれって、レベルアップ時に起こる共通の演出じゃないのかよ。
 俺だけの仕様かよ。

「え~、知りませんよ~? 何もなかったですよぉ~?」
 まだ眠たそうに目をこするナディア。
 勤務中に居眠りしていたのに親父はスチャラカメイドを叱ろうともせず、俺の方に振り返った。
「う、うむ……。まあ、リスティーナが無事ならよいが……」
「さわんな」
 急に抱き上げられたので、俺は親父の鼻面を手でプッシュする。
「しゃ、しゃべった……!?」
「え~? 赤ちゃんはしゃべってませんよぉ~?」
「いいや、しゃべったぞ! リスティーナ! パパにもう一度言ってごらん!?」

 “パンパカパーン!!”

「うあああおおおっ!? なんだこれは!?」
 親父の鼻をプッシュしたことでまた俺のレベルが上がった。
 俺と一緒にスポットライトと拍手喝采を浴びた親父は、いったい何事かとおびえて絶叫する。
「うるさいなぁ……」
「やっぱり、しゃべったあ~~っ!?」
「あら~、なんかしゃべってますね~? カワユス~♪」
 ナディアが呆けたような顔でそう言うと、俺の頭をヨチヨチなでる。
 こいつぜんぜん動じねえな。
 
 そんなこんなで大騒動ののち、一日目終了。
 それから10日後。
 しゃべる赤ちゃんを鑑定するため、近隣の森から放浪の魔術士が招かれたのだ。