「ようこそお越しくださいました、リスティーナ・アレクサンドです。ご自由にお呼びください」
「じゃ、じゃあ……『アレク』」
 なんでそこ切り取った?
 だが相手は大公家のご令嬢なので、私は全てを受け入れる。

「アレク……ふふ、アレク……」
 荒れ狂う波に放り込んでやろうか?
 先輩がキモイ感じにぶつぶつひとりで笑うので、ちょっと殺意がわいた。
「サーハイン先輩、どうぞお掛けになってお待ちください。今お茶をご用意いたしますわ」
「お、おかまいなく……」
 いや、お構うわ。
 おまえの機嫌ひとつでうちは滅びるんだぞ。
 今の生活のためにも全力で媚びてやるわ。

「すぐに出せそうなのはアイススティーしかありませんけど、よろしいでしょうか?」
「ああ……じゃあ、それで……」
 先輩はソファのスミにちょこんとヒザを合わせて座り、キョロキョロして落ち着かない様子。
 台所に立った私は冷蔵箱から冷たい精製水を取り出し、茶葉を用意する。
 分子レベルでの干渉が可能な魔術は、面倒な手順を無視して良好な結果が出せる。
 わざわざ茶葉を選別して煮出す必要はなく、ポットに入れて蒸らす必要もなく、簡単にアイスティーが作れてしまうのだ。
 
 けど、それはやらない。
 それをあえて手作業で行うことで、私は大公家への敬意を示すのだ。

 十分後――。
「遅い……まずい……」
「たいへん申し訳ありません♪」
 こんちくしょう。
 やっぱ、見えない心より結果が一番だよな。
 受け取り側にとってはどうでもいい心をこめた一杯より、早くてそこそこ旨いが勝つ時代なんだよ。
 
 人の心は痩せた……!

 私は心の中で嘆きながらアイスティーを口にした。
 苦くてスゲーまずかった。
「あ……ホントにまずい」
 口にして初めて、自分のアイスティーが泥水だったと気づく。
 自分の心得違いが恥ずかくて真っ赤になる。
「も、申し訳ありません! すぐに新しいお茶を……!」
「いや……いい」
 カランと氷が転がる音。
 まずいと言っていたアイスティーを飲み干して、先輩は隣に座る私を真っすぐに見る。
「私と……友達になって……ほしい」
「え……? あ、はい」
 先輩とお友達になった。
「じゃあ……一緒にベルゼバブを……倒しに行ってほしい」
「あ、はい?」
 
 いや……ちょっと待て。

「あの、すみません。今なんとおっしゃいましたか?」
「……友達だから……一緒に戦ってほしい……」
「なぜ討伐を望むのか、事情を話していただきたいのですが」
「……ダメ?」
 だから、事情をうたえやコラ。
 不思議そうに首を傾げてもダメだ。

「私に力を貸してほしい……アレク」
「え……?」
 サーハイン先輩の手が私の手に重なる。
 ギュッと握る手はとても弱いが、力をこめているのがわかる。

「恋を……した」
「はぁ……?」
「西国の王女に……ひと目惚れ……」
 百合じゃん。
 
 南にある我が国と西の帝国はもともと別の国だった。
 別の大陸で発展した国同士なので交流はあんまりなかったけど、連邦になってから交換留学生とかでこっちに来る人間も増えた。
 たしか西国の王女マダラは、留学に来ている魔術学院の三年生だ。

「でも王女は……いっぱい強いやつ……好き」
 蛮族かな?
 
 南大陸は自然と遺跡ばっかの国だ。
 古代超文明の遺物が発掘されるので、それによって文明らしきものを維持している。

「私……まあまあ強いけど……王女の理想には……まだまだ」
 学院では競争力を高めるため全員のレベルが公開されているけど、先ほど画面で見たレベル表示は17とあった。
 9999からすれば低く思えるが、これはぜんぜん低くない。
 冒険者でも一桁台がほとんどを占めるので、大公家の名に恥じない高い数値だ。

「王女……私と付き合いたいなら……力を示せ……と言った」
「それでベルゼバブを……」
「うん……」
 サーハイン先輩は前を向いてうなづく。

 レベル17じゃ絶対不可能な相手だ。
 魔王の最上位とされる上位魔王級のレベルが5000から9999。
 中位魔王級のベルゼバブは3000から4999レベルだ。 
 先輩は敵とすら認識されないだろう。

「サーハイン先輩、それは友達に頼むことではありません」
「そ、そうなの……?」
「友人と呼びながら見返りを求める人間は友人ではありません。ご下命とあれば討伐に同行しますが……その場合、友人とは呼ばないでいただきたい」
「そ、そう……か。ごめん……なんかまちがえた。取り消す……」
 サーハイン先輩は素直にペコリと頭を下げた。
 悪気があったわけではなさそうなので、私は留飲を下げる。

「じゃ、じゃあ、どうすれば……友達になれる?」
「討伐はよろしいんですか?」
「それはひとます……置いといて」
「そうですね……親しい人同士だとあだ名で呼び合ったりしますね」
「そ、それ! それいい! 私のこと、あだ名で……呼んで!」
「じゃあ、サー先輩?」
「くふふ……! な、なかなか攻めるじゃないか! い、いいぞ……! それでいこう!」
 気に入ったようだ。
 あんがい可愛い人だな。