さっきから妙な視線を感じる。
 あきらかな敵意だが他のと違って恐れがまったくない。
 視線の元が気になって振り返ると、ハンバーグステーキ食べてる眼鏡のスネ夫がいた。
 
 スネちゃま……!?
 
 いや口元はそんなにとんがってないけど、いやとんがってる方か?
 というか髪がすごい。スネ夫ヘアーだ。
 筆のようにまとまった前髪が、それ邪魔じゃないのってくらいファッサとのびている。
 いったいどうすればあんな感じになるのだろうか興味が尽きない。

「何を見ている……」
「あ、失礼しました」
 しまった、思わずジロジロ見てしまった。  
 でもさ、スネ夫だし見ちゃうわ。
 最大限の慈悲をもって見れば『トロワ・バートン』と言えなくもないが……いや、言えないな。ごめん。

「何をジロジロ見ている! ボクを馬鹿にしているのか!」
「いえそんな滅相もない!」
 スネちゃまが立ち上がって抗議してきたので、さすがに私も視線を逸らす。
 不快にさせて申し訳ないと私が反省していると、スネちゃまの後ろをトレーを持った女子生徒達が通りかかった。
「やだぁ、なぁにそのヘンな髪型ぁ~♪」
「ふふ、ホウキみた~い♪」
「ざぁ~こ、ざぁこぉ~♪」
 こいつら、言ってはならんことを。
「なにっ!?」
 メスガキ風に煽られたスネちゃまは女子生徒三人をにらむ。
 襟に並ぶ銀ラインが二本なので二年の先輩のようだが、制服をギャルのように着崩して露出を多くした、見た目だけはかなりカワイイ三人組にかこまれて、スネちゃまは赤くなって屈辱に震える。

「ちょ、ちょっと先輩! やめてください!」
 その髪型をやめたらどうしてくれるんだ!
 私は重要文化財を守る気持ちで立ち上がり抗議した。
「やめろっ! おまえは邪魔するな!」
「え、私っ!?」
 なぜか私がスネちゃまから怒鳴られた。

「この子ぉ~、レベルが34なんだってぇ~?」
「え~、すご~い! それすごくなぁ~い?」
「すごいのかすごくないのかどっちなのよぉ~♪」
「くっ……!」
 何が「くっ……!」だ、この野郎。
 三人組にスネオヘアーを代わるがわる撫でられて悔しそうに歯噛みしているようだが、口角がゆるんでやがる。
 バカらしくなったので私は席に戻った。

 食事を終えて別棟にある宿舎に戻ろうとしている途中、通路から見える中庭の花畑の前でズダボロになって倒れている黒い兎の獣人を見かけた。
 駆け寄って抱き起すと、目を回して気絶した黒兎がハッと私を見て離れた。
 私はすかさず手をかざして、回復魔術の魔法陣を展開する。
 地面から放出する白い光の柱に包まれた黒兎の傷口が、みるみるうちに塞がっていく。
「……回復? わたしのような獣人になぜこんなことをしてくれるのですか?」
 黒兎は体が治っても警戒を解かず、いつでも逃げられるよう身構えたままだ。 
 火傷や切り傷から察するに火魔術や風魔術の的にでもされたのだろうか、魔術学院の制服を着る私を警戒するのも無理はない。

「う~ん、『目障り』だからかしら?」
「なんですって……?」
 なにか善人ぶった言葉でも出てくると思ったのか、黒兎は意表をつかれたように顔を上げた。
「キズだらけのアナタが視界に入って来たら目障りでしょう? だから治しました」
「アナタは変わった人ですね……少し目をつむれば済む話じゃないですか」
「そうですね。気が向いたらそうしますわ」
 私はそう言って、手をひらひらさせてさよならした。
 そこに先ほどのギャル先輩達が来てすれ違い、黒兎を見つけるやニヤリと笑って近づいていく。
「あ~、ま~た兎くんがいじめられてるぅ~♪」
「やだぁ~♪ きったなぁ~い♪」
「ざぁこ、ざぁこぉ~♪」
「くっ……!」
 おまえもかよ!
 ギャル達に抱きつかれ、腕組みされ、肩に手を回してチュッチュとキスされ、拳を震わせ屈辱に歯噛みする黒兎。
 だがいっさい逃げようともせず抵抗もしない。
 バカらしくなったので私は宿舎に戻った。