第四章「今を生きる」

 学校に急足で僕は向かった。
 あの時なんであんなこと言ってしまったんだろうと激しく後悔した。
 ただ自分が我慢していれば、雨降にきつく言う必要も無かったのに。
 今は後ろを振り返れない。もし雨降が目に写ってしまったら、自分がどんな感情になるかなんて、分かりきったことだ。
 「はぁ…」
 どこにもぶつけられない自分への苛立ちと後悔が一歩、また一歩踏み出すたびに押し寄せてくる。
 時刻は7:30をまだ過ぎていなかった。

 –––––教室–––––
 今日もいつも通り、いやいつも以上にシーンとしていた。
 僕は、授業の準備と期限がまだある課題を終わらせようとしている。
 「はぁ…」月曜日なのに、金曜日のような感覚だ。肉体的な疲労より精神的な疲労がじわじわと来ている。


 –––––授業–––––
 今日の授業は、なんだか眠気が増していた。
 ぼーっとしている時間が長かった気がする。それもこれも、雨降に関係してるのかな…そう思うと、また激しい後悔らがやってくる。


 –––––放課後–––––
 同じ時間のバスだと雨降に出会うだろうか。
 一つ時間を遅らせてから家に向かった方が良いだろうか。
 うん。そうしよう。今、雨降に出会うのはお互いにとって気まずくて、お互いにとって損だ。
 そう思って、僕は1人西日の強い教室で小説を書き始めていた。

 –––––帰路–––––
 久しぶりに1人で帰る。隣の席はぽっかり空いていた。
 席はただの席である。でもなぜか僕の横の席は特別感があった。
 それも今となっては無駄な特別感がある席へと変わってしまった。

 –––––帰宅–––––
 「はぁぁ…」
 やっと長い長い1日が終わった。
 ただの平日にこんな感情を持ったことは未だなかっただろう。
 頭の中で雨降だけしか浮かばないのと未だなかったことだろう。忘れなきゃいけない。雨降だけが頭を埋め尽くしていると、立ち直れない気がする。僕は、今を生きている。結局、この後の余生を考えて生きるなんて、人間、そう簡単ではないとひしひしと感じる。
 僕はいつのまに雨降にとらわれて、もしかすると「虜」になっていたのだろう。
 雨降のことを考えると気持ちが揺さぶられて、気持ちの整理がつかなくなる。
 ただ一つわかったことは、僕は雨降がいわゆる「友達」というものだったのだろうか。それも、初めての。僕は気づかなかった。ずっと今まで。
 だから今大きな後悔と、罪悪感を背負っている。そんなような気がする。
 精神的な感情やら関係。目に見えないものは僕には気付けない。子供の頃からそういうものは天性の感覚を持っている人にしかわからないと思っていた。

 ポツポツとベットの上のシーツに水滴が落ちては吸い込まれていく。
 知らなかった感情に出会って、知ってしまった衝撃に出会って、心がぐちゃぐちゃになる。
 その夜は簡単には寝付けずただ一つ一つ噛み締めるように僕の気持ちを理解しようとしていた。


 –––––朝–––––
 「行ってきまーす」と小さく玄関でつぶやいた。
 昨晩、バスの時間とか改めて考えてみた。
 結局答えなんて見つからなくて、またいつもの同じ時間のバスに乗った。
 雨降が居る可能性は高い。仲直り…なんて簡単に出来たらいい。でも、小さな穴なら簡単に縫うことは出来る。でも僕と雨降の間できた穴は想像より大きく、難しい。
 そもそも仲直りしたいのか分からない。この1日だけで僕の心は暗い霧に包み込まれて、自分でも見ることの出来ないものになってしまった。
 ズーンとした空気が僕の周りにだけ漂っているだろう。
 少しするとバスは東区に到着した。ここで雨降が乗ってきても目を合わせてはいけないことぐらいなら僕にだって容易に想像できる。
 でも。せめて乗っているかいないかくらい確かめたい。それだけで学校までの時間、気の持ちようが変わるからだ。
 プシューっとバスの扉が開いた。そこにはいつも通りの雨降がそこにいた。
 でもオーラはいつもと違くて、目の輝きがないような気がした。
 そして雨降は少し立ち止まって僕の横の席をチラッと見てから、また別の席を目指していた。

 そうだろうとは思っていたけどやっぱり胸が痛い。自業自得を体現するかのようだった。

 学校についても休み時間も放課後も一度もしゃべることのない毎日が続いた。
 何日も。何日も。
 そんな生活がかれこれ一週間続いて金曜日までやってきてしまった。
 今日も放課後は、スマートフォンで小説を書いていた。今日の教室は金曜日もあっていつも以上に生徒が集まっていた。iPadでは目立ってしまうだろう。だから、操作性のわるスマートフォンで書いている。
 「何やってんだろ。」小説なんてカッコつけてるだけだろ。そうやっぱり思ってしまう。でもなぜか諦めきれなかった。廊下に出て下駄箱に向かう途中もスマートフォンでぽちぽちと打っていると、前から島田たちがやってきた。
 島田は、一年生の頃僕の本を投げつけてきたり、色々暴言を吐かれたりしてきた。
 島田はそういうやつで、僕はそういう奴になりたくない。2年生になってからなるべく避けていたけど、それでも僕への風あたりが強い時はしばしばある。
 正直言って島田たちは『怖い』。
 そんな島田が、今目の前にいる。
 「おい。水野。何してんの」
 「な、何もしてな––––」そう言い切る前に島田は僕のスマートフォンを取り上げた。一瞬の出来事だったから、もちろん電源までは切っていない。

 「やめろよっ––––」
 「は?何これ。小説?お前が書いてんの?」
 「い、いや。」
 「何イキってんだよ、キモ。黒歴史確定だなっ!」そう、周りの仲間たちに大きな声で告げて、ギャハハと大きな笑い声を立てて、一斉に指差した。
 1人は、今の僕を写真で撮ったり。
 1人は、僕のスマートフォンを撮影したり。
 もう1人は大きな声で、僕のことをみんなに聞こえるような声で騒いでいた。

 「…めろよ」
 「やめろよっ…」僕はもう震えた声でしか喋れなかった。
 「勝手に見て、騒いでんじゃねえよっ!」苛立ちが最高潮に達してしまった。
 少し。シーンとした空気が流れる。
 「はぁ?オメェがそんなんことしてのが悪いだろうがよっ」

 「お前がっ…お前が悪いに決まってんだろっ!」頭はもう働いていない。ただ思った感情だけがそのまま口に出てしまう。

 「うるせえよ、黙れ!」そう言って島田の拳はは僕の頬あたりを狙って、動き始めていた。
 あぁ。もうだめだ。


 –––––「晴くん…!」–––––