市長に就任した桜田の行動は早かった。
 三つの公約を実現させるべく、矢継ぎ早に案の取りまとめを役人に指示した。
 最初に案がまとまったのが、教育特区の予備申請だった。
 その申請書には、『何処にもない個性的な学校の設立』を核にした夢開学園都市計画の概要が記されていた。
 それはまだ打診的な内容であったが、内閣府の相談窓口に提出した。
 内閣府は教育文化省と情報を共有し、それが教育審議会にも回ってきた。