幻の酒を飲み干して店を出たのは11時前だった。
 オーナーは真っ赤な顔をして足元がおぼつかない様子だった。
 
「大丈夫ですか?」

「大丈夫!」

 これくらいの酒でつぶれるほど軟じゃないと豪語した。

「それは恐れ入りました」

 感心したように頭を下げて敬意を表すと、「飲もうと思えばあと一升は飲める」と調子に乗った。
 すかさず弟は紙袋を差し出した。
 この時を待っていたのだ。
 中には最高の餌を入れていた。
 必ず食いつくはずだ。
 オーナーはなんだろうという感じで受け取ったが、中を覗き込んだ瞬間、「えっ! まさか……」と口を押えて大きく目を見開いた。
 幻の酒を見て仰天しているようだった。
 思惑(おもわく)通りだった。
 そこで芝居を打った。
 
「ご自宅でごゆっくりお召し上がりください」

 帰る仕草をして一歩、二歩と歩き始めた。
 すると、「店で一杯どう?」と背後から声がかかった。
 パソコンショップで飲み直そうというのだ。
 それは正に針がかかった瞬間だった。
 しかしすぐにリールは巻かなかった。
「今からですか?」ととぼけたのだ。
 オーナーはそれに答えず弟の腕を取って、「今までの仕事を見てもらいたいんだ」と酒臭い息を吐きかけてきた。
 そして、自ら釣りあげられるのを促すように店の方へ弟を引っ張った。