「待っていたよ。よろしく頼むね」

 会合終了後、育多が握手を求めてきた。
 
「一緒に新しい挑戦を始めましょうね」

 温守が微笑みかけた。
 
「卒論に書いたことを実現させたいと思っています。引き続きのご支援をよろしくお願い致します」

 深々と頭を下げたが、入省早々にもかかわらず、二人を前にした途端、火山が噴火するように熱い想いをぶつけてしまった。
 
「教育特区に設立する特別な中学校が必要です」

 わたしは修士論文に書いた骨子を再度説明した。
 現在の公立中学校の問題点とその解決策である。
 
「ほとんどの中学生はなんのために勉強するのか理解できていないのです。それでも、有数の進学校や評判の良い高校への進学を目指している生徒は勉強します。でも、そうでない生徒は授業になんの意味も見出していないのです」

「今のような知識詰込みのための授業では落ちこぼれが出るだけです。面白くない授業を誰が真剣に受けるでしょうか。私語や居眠りは生徒だけの問題ではないのです。教師や学校が原因を作っているのです」

「非行に走るような生徒は疎外感(そがいかん)を持っている子が多いと思います。学校や教師の基準から外れているという疎外感です。それは個性を認めてくれないという失望感でもあります」

 一気に想いをぶつけたところでハッとした。
 教育界の重鎮であり恩師でもある二人に説教するように話してしまったからだ。
 しかし、二人の顔は穏やかだった。
 相変わらずだな、というような笑みさえ浮かべていた。
 
「スポーツ中学だったね」

 確認するような育多の声だった。

「そうです。先ずはスポーツ専門の中学校です」

 三文字悪ガキ隊の顔を思い浮かべながら言葉を継いだ。

「親しい友達三人は運動能力が抜群でした。それだけでなく、虐められていたわたしを助ける優しさを持っていました。スポーツマンでジェントルマンでした。しかし、勉強は大嫌いで、授業中は居眠りばかりしていました。だから自分のことをバカだと言っていました。でも、そんなことはありませんでした。勉強に興味がわかなかっただけなのです。なんのために勉強しなければいけないのか、それがわからなかっただけなのです」

 すると、逃げる奈々芽を捕まえて九九の練習を繰り返したことを思い出して思わず笑いそうになったが、ぐっとこらえて話を続けた。

「スポーツマンに頭の悪い子はいません。地頭はとても良いのです。ただ、学校の授業に興味がわかないだけなのです。面白くないから勉強しないだけなのです。本当にそれだけなのです。だから興味がわくようにしてあげればいいんです。面白くしてあげればいいんです。勉強することが将来の夢に繋がることを示してあげればいいんです」

 そして持論をぶつけた。

「勉強が自分の目標達成に役立つと感じた時、その瞬間から彼らは勉強と友達になります。いえ、親友となります。そして親友となった瞬間から単なる勉強ではなくなるのです。それは自分の未来を実現させるための不可欠な存在になるのです。だから、受け身ではなく能動的に勉強をするようになります。自らが求め始めるのです」

 更にもう一つ大事なことをつけ加えた。

「スポーツマンの集中力と持続力は想像を絶するほどです。本当に凄いんです」

 三文字悪ガキ隊の成績がグングン伸びて、共に喜び合った日々が脳裏に蘇ってきた。

「彼らは今、アメリカの大リーグで、ヨーロッパの名門サッカークラブで、国内の名門実業団チームで大活躍しています。英語が話せるようになり、難しい本が読めるようになり、数字に強くなりました。文武両道を実現したのです」