「1万円は?」

 修学旅行の自由時間に寒田と黄茂井が迫った。

「これだけしか……」

 ターゲットが差し出したのは2,000円だった。

「何これ?」

 寒田の膝蹴りと黄茂井の肘打ちが同時にめり込んだ。
 手加減なしの仕打ちだった。
 しかしそんなことで許すわけにはいかなかった。
 涙を流してうずくまるターゲットに怒声を浴びせ、強い口調で命令を下した。
「コンビニで万引きをしてこい」と。

 ターゲットは首を振ったが、そんなことを許す寒田ではなかった。
「妹がどうなっても知らないからね」と冷徹な声で脅した。
 ターゲットは泣きながら「それだけは止めて」と訴えたが、思い切り膝蹴りをかませて黙らせた。
 
 12時を少し過ぎたコンビニは混んでいた。
 寒田と黄茂井は、万引きするには絶好のチャンスだとターゲットを(そそのか)して、前後を挟むようにして店の中に連れていった。
 
 何度も経験を積んでいる寒田と黄茂井は慣れているので、目当ての品をさっとトレーナーの下に隠した。
 そして、〈お前もやれ!〉と目で命令した。
 ターゲットが目の前のパフェ・モンブランを手に取ると、監視カメラだけでなく、店員や他の客の視線から彼女を隠すようにターゲットの両脇に立った。
 手元がどこからも誰からも見えないようにするためだ。
 寒田が〈早くやれ〉と顎をしゃくると、ターゲットは震える手でパフェ・モンブランを上着の下に隠した。
〈次〉と寒田がまた顎をしゃくると、チーズ・ショコラを手に取った。
 その時、「すみません」と言いながらOL風の女性が割り込んできた。
 驚いたターゲットはチーズ・ショコラを急いで隠そうとしたが、上着の(すそ)に引っ掛けて落としてしまった。
 
 アッ! と小さく悲鳴のような声を出したターゲットがそれを拾おうとして手を伸ばした時、OL風の女性と接触してバランスを崩し、その弾みで上着の下に隠していたパフェ・モンブランが床に落ちた。
 チーズ・ショコラとパフェ・モンブランが容器からこぼれて床に散らばった。
 それを目撃したOL風の女性は、しげしげとターゲットの顔を見た。
 そして、横に立っている寒田と黄茂井の顔も見た。
 OLの顔には〈あなたたち何しているの?〉というような疑念の表情が浮かんでいた。
 
 寒田と黄茂井は顔を強張(こわば)らせた。
 通報される危険性を感じたからだ。
 目を合わせた瞬間、ターゲットを置き去りにして走り出した。
 しかし、異変に気づいたのか、「待ちなさい」という声が背後から聞こえた。
 寒田と黄茂井が振り返ると、レジカウンターから飛び出してきた店員の姿が見えた。
「ヤバイ」と同時に声を発した二人は足を速めたが、その後ろから「止まりなさい」という声が追いかけてきた。
それでも走ることは止めなかった。
店に入ってくる客とぶつかりながらも駐車場へ飛び出した。
その時、車道から勢いよく入ってきたバイクにぶつかりそうになり、バランスを崩してトレーナーに置いていた手を離してしまった。
スイーツが(こぼ)れ落ちた。
と同時に「ドロボー」という大きな声が背中に突き刺さった。
青ざめた二人は更に足を速め、歩道の上を並ぶように走って次の角を右折しようとしたが、角から飛び出してきた自転車にぶつかり、その弾みで道路に投げ出された。
そこにトラックが突っ込んできた。
急ブレーキの音が鳴り響いた。