「これ読んでみて」

 差し出した途端、建十字がちょっと引いたような感じになった。
 それでもページをめくると、顔をしかめた。
 
「読めないよ。難しい漢字がこんなにいっぱいあるのに」

「でも、読めなかったらプロになれないよ」

「なんで?」

「これ、プロ野球の球団と契約する時の書類」

「契約書?」

「そう、統一契約書」

 わたしは、仲良くなった図書館の司書さんに頼んで、ネットに掲載されている契約書のひな型を印刷してもらっていた。

大多仁(おおたに)選手みたいになりたいんでしょ」

「そうだけど」

 建十字は野球のセンス抜群で、将来は大多仁選手のように大リーグへ行って、ピッチャーと打者の二刀流で活躍することを夢見ていた。
 しかし、国語が大嫌いで、授業中居眠りばかりしていた。
 だから、漢字のテストは赤点ばかりだった。
 
「契約書読めなかったらプロへ行けないよ」

「うん……」

 彼は、そんなことわかってるよ、とでも言いたげな表情になったが、「でも、漢字の勉強嫌いだし」と投げやりに言った。
 本当に嫌そうだったので、これ以上無理強いしないことにした。
 
「わかった、無理して読まなくていいからね」

 引き取って書類をランドセルに仕舞うと、「せっかく持ってきてくれたのに悪いな」と言いながらほんの少しだけ頭を下げた。そして、「じゃあ」と言って背を向けた。