翌朝学校に着くと、校門の裏手の陰になっているところに横河原がいた。
 わたしに向かって手招きをしたので何かと思って近づくと、
 
「へへへ、ハロー。ナイス・トゥー・ミーチュー」

 得意げな顔をした途端、彼は教室の方へダッシュした。
その後姿を目で追いながら、お母さんが言っていたことを思い出した。
「興味のあることから始めてみたらど~お」
 その通りだった。
 わたしは大きく頷いた。
 
 その週の日曜日の午後、お母さんに頼んでサッカーの月刊誌を買ってもらった。
 その中に写っている選手の写真を切り抜いて、大きな封筒の表紙に貼り付けた。
 メッスとロナウデがシュートを決めた瞬間や、笑顔で握手をしている写真だった。
 その封筒の中に英会話のCDと本を入れた。
 
 翌日の放課後、彼に封筒を渡した。

「英会話のCDと本が入っているの」

 横河原は一瞬、ん? というような顔をしたが、写真を見て瞳を輝かせた。

「メッスとロナウデだ」

 写真に手を這わせた。

「憧れの選手と話ができたら嬉しいでしょ?」

 彼はすぐに頷いた。
 
「メッスやロナウデの写真を見ながら毎日10分でいいからCDを聞いてみて」

「10分?」

 彼は、どうしようかな、というような表情になったが、「聞くだけでいいのか?」と疑わしそうな声を出した。
 
「うん、聞くだけよ。1日に10分聞くだけ」

「ふ~ん」

 口をとんがらかせて考えているようだったが、〈まあ、いいか〉という感じで自分を納得させるように頷いた。

「で、ね、聞いて覚えたらメッスやロナウデに話しかけてみて」

「話しかける?」

「そう。ハローとか、ナイス・トゥー・ミーチューとか、話しかけるの」

 彼は写真に向かって小さな声で話しかけた。
 しかし、当然のことながら写真が返事をするわけはなかった。
 彼は渋い顔をしたが、わたしにとってはチャンスだった。
 
「わたしがメッスやロナウデになってあげる」

 ランドセルからお面を2つ取り出した。
 メッスとロナウデの顔写真を貼り付けたお面だった。
 寝る前に急に思い付いたので上手には作れなかったが、
 それを被って、目のところに開けた小さな穴から横河原を見た。
 
「わたしがメッスやロナウデだと思って話しかけてよ」

 彼は吹き出しそうになったが、真剣なわたしの想いが伝わったのか、「わかった」と言って、「ハロー、ナイス・トゥー・ミーチュー」と大きな声で話しかけてくれた。
 そして、宝物のように封筒を胸に抱いて、「サンキュー・ベリ・マッチ」と言うなりコクンと頷いた。
「ユア・ウェルカム」と返すと、日本語で「ありがとう」と言いながら走り去っていった。
 その後姿は未来への希望が満ち溢れているように見えた。