手を強く握られた。
 
 また時間が止まった。
 
 いたたまれなくなった。
 
 彼の手をそっと外して席を立った。
 
 トイレに向かって歩いたが、その足は自分のものではないように思えた。
 
 それでもなんとかトイレに辿り着いてドアを開けた。
 
 誰もいなかった。 
 
 ホッとして鏡の前に立ち、映る顔を見つめた。

 困惑しているわたしがいた。

 彼が大好きだった。

 尊敬もしていた。
 
 でも……、

 洗面台に水を貯めて両手を浸すと、冷たい水が動悸を静めてくれた。

 すると落ち着いてきた。

 フ~っと息を吐いて自分の気持ちを確かめた。

 目を上げると、困惑していないわたしが鏡の中にいた。
 
 深呼吸をして、もう一度鏡を見た。

 聖母の眼差しを思い浮かべると、柔らかい表情が鏡に映った。

 大丈夫だ、

 気持ちを確かめてトイレを出た。