目当ての一つはティツィアーノ・ヴェチェッリオの絵だった。
『マグダラのマリア』だけは見ておかなければならない。
 見落とさないように気をつけながら幾つもの部屋を横切っていくと、展示スペースの三分の二ほど行ったところにその絵はあった。
 ひっそりと壁に掛けられていた。
 かくれんぼをしているように、目立たなく飾られてあった。
 本物を目の当たりにして、その官能美に吸い込まれそうになった。
 長い髪を体に巻き付け、それでも隠し切れない豊かな乳房を晒し、彼女の目は天を見上げているようだった。
 もともと娼婦だったとも噂されたマグダラのマリアがこの懺悔によって聖母になったのだろうか? 
 目が離せなくなった。
 しかし、時間は残り少なかった。
 まだあの絵を見ていないのだ。
 マグダラのマリアに別れを告げて先を急いだ。
 しかし、展示コーナーの出口まで行き着いてもその絵は見つからなかった。