更に時は過ぎ、開校を4月に控えた年の正月、桜田は3つ目の公約実現のための準備に追われていた。
『夢開禁煙都市宣言』だ。
 正月明け早々の市議会に上程し、承認を得なければならない。
 開校までには絶対に実現させなければならないと心に決め、正月返上で草案をまとめた。
          
「あと3か月で、待ちに待った夢開スポーツ学園が開校します」

 桜田は市議会の冒頭演説に臨んでいた。

「煙草の値上げや年齢確認の厳格化によって中学生の喫煙率は減少しています。しかし、まだ少なくない数の生徒が喫煙しているというデータもあります」

 灰皿がなくなった市議会会議場を見渡して、桜田は声に力を込めた。

「喫煙の影響は病気との関連だけではありません。運動能力にも大きな影響を及ぼすと言われています。有酸素運動能力の低下や回復力の低下などが指摘されているのです。スポーツ選手が煙草を吸うことは、有害以外の何物でもないでしょう」

 原稿に目を落とし、心を落ち着けた。

「夢開市再生の第一歩となる夢開スポーツ学園開校を機に、児童や中高生が煙草の影響を受けない環境作りに着手すべきと考えています。ですので、夢開禁煙都市宣言に賛同を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」

 桜田は議員全員に向って深々と頭を下げた。

 意外なことに、反対意見は一つも出なかった。
 喫煙している議員の気持ちは複雑だったはずだが、反対することのデメリットを考えると、賛成する以外道は残されていないと判断したようだった。
 桜田が投票結果を個人名と共に公表すると言ったからだ。
 自分の名前が反対議員として公表されたら次回の選挙で落選しかねない。
 そんな危機感から、喫煙議員は意に反して賛成に回らざるを得なかったようだ。
 その結果、夢開禁煙都市宣言は満場一致で承認され、4月1日発令が決まった。
 
 すべての公的機関、すべての学校、すべての病院、すべての飲食店、すべての公園が禁煙になり、更に、路上喫煙が禁止されることになった。
 その上、煙草店やコンビニなどの店先にある灰皿も撤去される。
 喫煙誘惑を断ち切ると共に、他人の煙の被害に遭わないような環境が整備されるのだ。
 これで桜田が市長選挙に立候補した時の公約すべてが実行に移されることになった。