鹿久田は現役引退という苦渋の選択を迫られているようだった。
 しかし日本を代表する選手だけに簡単ではないのだろう。
 自分の一存では決められないだろうし、といっていつまでもずるずると引き延ばすわけにもいかない。
 タイミングが難しいだろうことは容易に想像できた。
 
 それでも、しっかり先を見つめているようで、引退後の人生設計を聞いて流石(さすが)と思った。
 大学を卒業するとすぐに専門学校に通い始め、柔道整復師の国家資格取得を目指しているというのだ。
 
「来年資格が取れる。臨床研修が必要だけど、この資格があれば接骨院が開業できるんだ。骨や関節、筋や腱、靱帯なんかの損傷の治療ができるようになる」

 資格取得後は自分のようにケガで苦しんでいる多くのスポーツ選手を助けたいと目を輝かせた。

「スポーツ選手は年齢に関係なく体の手入れが大事なんだ。でも、どうやって手入れをしたらいいかなんて親も学校も教えてくれない。だから手入れができていない。そんな状態できつい練習をすると間違いなく体を痛める。怪我をする確率が高くなる」

 彼は、幼い頃から整体の知識を得て、きちんとした体の手入れをすることの重要性を説いた。

「特に、体が急に大きくなる中学3年間は大事なんだ。成長を阻害するような重い負担がかかる練習は避けなければならない。俺の経験と知識と技術を、スポーツ専門中学校に入学してくる中学生に役立てたい」

「じゃあ、」

「うん、俺も参加させてもらうよ。丸岡と一緒に挑戦したい。だって、未知の領域への挑戦という言葉に逆らえるわけはないからね」

 そして、丸岡の額をチョンと突いた。
 うまいこと口説きやがって、というような目をしていた。
 すると、丸岡が鹿久田の額を突き返した。
 
「柔道の経験だけじゃなくて整体の技術を生かせるんだから文句ないだろ」 

「まあな」

 〇△☐隊の時に戻ったような無邪気な笑みが浮かんだ。