朝は普通に登校して、安達たちには頭痛で休んだことを説明した。
安達から休んだことについてメッセージが来ていたがどうやら無視していたらしい。
日向野ともいつも通り普通に挨拶を交わした。
移動教室の際に日向野に「今日の昼、そっち行くね」と声を掛けると「浮気してるみたいだね」と返答されて困った。
もし、日向野と南川が別れていないのだとするなら自分が浮気相手なのだから。
昼休みはあっという間にやってきて、踊り場で日向野と落ち合った。
「まだ頭痛いの?」
隣に座る日向野が、おにぎりを食べながら顔を覗き込んでくる。
「いや、別にそれは大丈夫なんだけど……」
「何? 深刻な話?」
「深刻っていうか……実は、昨日南川に会ったんだよね」
おにぎりをパクパク食べていた日向野の手が止まった。
「どういうこと?」
「学校行く途中に声掛けられて、で、どうしても日向野に会いたいって」
「断ってくれたんでしょ。だって俺言ったもんね八代くんに。会わないって」
日向野が希望を持った目で見てくる。
「一度会ってみたらどう?」
本当は会いになどいかないでほしい。
でもその日向野の会わないようにする必死さが、痛いほど心臓を抉ってくるのだ。
「なんで? 別に俺が会いたくないって言ってるのに、なんでそんなこと言うの?」
「……会ったら気持ちが揺らぎそうだがら会いたくないわけ?」
ここ最近、日向野に対して嫌な言い方ばかりしてしるなと心のどこかで思った。
「揺らぐって何が」
「離れたのに、また一緒にいたいって」
「え?」
「どういう理由があって南川と会いたくないのかはわからないけど、俺に嘘ついてまで頑なになるのはそういうことじゃん、多分」
「なんで決めつけるの? 彰になにを聞いたのかは知らないけど」
「彰って呼ぶなよ」
それすらも鬱陶しく感じて思わず圧を掛けた。
名前で呼び合っていることなど知りたくもなかったのに。
「……どうしてそんなに怒ってるの?」
「怒るよ。俺に大事なこと隠してたんだから」
「何、大事なことって」
「好きだったんじゃん、南川のこと。付き合ってたんじゃん、あいつと」
日向野は口を僅かに開けるが言葉が一つも出てこない。
否定してくれよ。何も言わないってことは、それは肯定しているのと同じなんだから。
「俺が初めてって言ってたくせに嘘じゃん」
「違うよ。それは。それに別に付き合ってたわけじゃ……」
「俺は全然知らなかったよ。日向野が昔いじめられてたこととか、本当はグループ行動とか嫌いなの、全部南川から聞いた」
「それは中学時代の話だし、今は別に思ってない」
「それでも、俺はあいつより日向野のこと何も知らない。そもそも彼氏がいるのに告白なんてするなよ」
日向野に怒りをぶつけるべきではないのに、でも言わずにはいられなった。
「俺にはもう関係ない人だと思ったから、関わりたくない人だったから嘘ついた。でも信じてくれるかわかんないけど、本当に付き合ってなんかないよ。彼氏でもなんでもないよ」
日向野を信じたかった。でも、頭にあの映像がチラついて離れない。
「……キスすることが、だたの友達なわけ?」
「俺は八代くんとしかしたことないけど」
「嘘つくなよ。だって俺……見たもん」
少しの沈黙の後、日向野が小さく息を吐いた。
それは決してため息とかではなく、何かを決意したような息遣いだった。
「八代くんは俺よりも南川を信じるんだね」
吐き出されたのは絶望したような、突き放すような言葉で「もういいよ」と目が諦めていた。
あぁ、失敗したかもしれない。間違えたかもしれない。
「ごめんね、嘘ついて」
もうその目を見ていられなくて、日向野から目を逸らすために俯く。
日向野の手のひらがそっと頬に触れて、自分が泣いていることに気がついた。
「ごめんね、傷つけちゃって」
やめろ。それ以上謝るな。謝らなくていいから、今すぐに言って欲しい。
南川との関係は清算してくるから、と。安心して欲しい、と。
「俺の告白は忘れて」
でも日向野は言ってはくれなかった。代わりに自分に対する決別の言葉を向けられた。
そして日向野の手が頬から離れていく。
「ごめんね、八代くん」
日向野はそう呟くと、立ち上がって階段を降りていった。
残されたことにも腹立たしくなるなんて、自分はどれだけ自己中なのだ。
嘘つきだと責めたのは自分で、自分じゃない誰かに気持ちがあるんじゃないかと疑ったのも自分だ。
嫌気がさすのも無理はない。それでも日向野は最後まで優しかった。でもその優しすらもズルい優しさだと思ってしまうのだから、本当にどうしようもない。
こんな気持ちになるなら恋愛感情など知らないほうが良かった。
好きだなんて感情持ちたくなかった。
知りたくて求め続けていた“愛情”という感情の答えは、決して父みたいに綺麗なものではなかったことにもショックだった。
自分は父のように穏やかに人を愛することはできないのだろう。
愛情があれば許せただろうに。愛情があれば日向野の間違いだって受け入れることができただろうに。
自分の愛はひどく醜い。好きだから攻撃したい。好きだから許せない。好きだから我儘になってしまう。
大切な人に気持ちを伝えることがこんなにも大変なことだとは思わなかった。それはいつも受け身で居て、面倒臭いことを避けて生きてきたことの代償だろう。
自分のやるせなさに、八代は踊り場から動くことができなかった。
安達から休んだことについてメッセージが来ていたがどうやら無視していたらしい。
日向野ともいつも通り普通に挨拶を交わした。
移動教室の際に日向野に「今日の昼、そっち行くね」と声を掛けると「浮気してるみたいだね」と返答されて困った。
もし、日向野と南川が別れていないのだとするなら自分が浮気相手なのだから。
昼休みはあっという間にやってきて、踊り場で日向野と落ち合った。
「まだ頭痛いの?」
隣に座る日向野が、おにぎりを食べながら顔を覗き込んでくる。
「いや、別にそれは大丈夫なんだけど……」
「何? 深刻な話?」
「深刻っていうか……実は、昨日南川に会ったんだよね」
おにぎりをパクパク食べていた日向野の手が止まった。
「どういうこと?」
「学校行く途中に声掛けられて、で、どうしても日向野に会いたいって」
「断ってくれたんでしょ。だって俺言ったもんね八代くんに。会わないって」
日向野が希望を持った目で見てくる。
「一度会ってみたらどう?」
本当は会いになどいかないでほしい。
でもその日向野の会わないようにする必死さが、痛いほど心臓を抉ってくるのだ。
「なんで? 別に俺が会いたくないって言ってるのに、なんでそんなこと言うの?」
「……会ったら気持ちが揺らぎそうだがら会いたくないわけ?」
ここ最近、日向野に対して嫌な言い方ばかりしてしるなと心のどこかで思った。
「揺らぐって何が」
「離れたのに、また一緒にいたいって」
「え?」
「どういう理由があって南川と会いたくないのかはわからないけど、俺に嘘ついてまで頑なになるのはそういうことじゃん、多分」
「なんで決めつけるの? 彰になにを聞いたのかは知らないけど」
「彰って呼ぶなよ」
それすらも鬱陶しく感じて思わず圧を掛けた。
名前で呼び合っていることなど知りたくもなかったのに。
「……どうしてそんなに怒ってるの?」
「怒るよ。俺に大事なこと隠してたんだから」
「何、大事なことって」
「好きだったんじゃん、南川のこと。付き合ってたんじゃん、あいつと」
日向野は口を僅かに開けるが言葉が一つも出てこない。
否定してくれよ。何も言わないってことは、それは肯定しているのと同じなんだから。
「俺が初めてって言ってたくせに嘘じゃん」
「違うよ。それは。それに別に付き合ってたわけじゃ……」
「俺は全然知らなかったよ。日向野が昔いじめられてたこととか、本当はグループ行動とか嫌いなの、全部南川から聞いた」
「それは中学時代の話だし、今は別に思ってない」
「それでも、俺はあいつより日向野のこと何も知らない。そもそも彼氏がいるのに告白なんてするなよ」
日向野に怒りをぶつけるべきではないのに、でも言わずにはいられなった。
「俺にはもう関係ない人だと思ったから、関わりたくない人だったから嘘ついた。でも信じてくれるかわかんないけど、本当に付き合ってなんかないよ。彼氏でもなんでもないよ」
日向野を信じたかった。でも、頭にあの映像がチラついて離れない。
「……キスすることが、だたの友達なわけ?」
「俺は八代くんとしかしたことないけど」
「嘘つくなよ。だって俺……見たもん」
少しの沈黙の後、日向野が小さく息を吐いた。
それは決してため息とかではなく、何かを決意したような息遣いだった。
「八代くんは俺よりも南川を信じるんだね」
吐き出されたのは絶望したような、突き放すような言葉で「もういいよ」と目が諦めていた。
あぁ、失敗したかもしれない。間違えたかもしれない。
「ごめんね、嘘ついて」
もうその目を見ていられなくて、日向野から目を逸らすために俯く。
日向野の手のひらがそっと頬に触れて、自分が泣いていることに気がついた。
「ごめんね、傷つけちゃって」
やめろ。それ以上謝るな。謝らなくていいから、今すぐに言って欲しい。
南川との関係は清算してくるから、と。安心して欲しい、と。
「俺の告白は忘れて」
でも日向野は言ってはくれなかった。代わりに自分に対する決別の言葉を向けられた。
そして日向野の手が頬から離れていく。
「ごめんね、八代くん」
日向野はそう呟くと、立ち上がって階段を降りていった。
残されたことにも腹立たしくなるなんて、自分はどれだけ自己中なのだ。
嘘つきだと責めたのは自分で、自分じゃない誰かに気持ちがあるんじゃないかと疑ったのも自分だ。
嫌気がさすのも無理はない。それでも日向野は最後まで優しかった。でもその優しすらもズルい優しさだと思ってしまうのだから、本当にどうしようもない。
こんな気持ちになるなら恋愛感情など知らないほうが良かった。
好きだなんて感情持ちたくなかった。
知りたくて求め続けていた“愛情”という感情の答えは、決して父みたいに綺麗なものではなかったことにもショックだった。
自分は父のように穏やかに人を愛することはできないのだろう。
愛情があれば許せただろうに。愛情があれば日向野の間違いだって受け入れることができただろうに。
自分の愛はひどく醜い。好きだから攻撃したい。好きだから許せない。好きだから我儘になってしまう。
大切な人に気持ちを伝えることがこんなにも大変なことだとは思わなかった。それはいつも受け身で居て、面倒臭いことを避けて生きてきたことの代償だろう。
自分のやるせなさに、八代は踊り場から動くことができなかった。