八代と南川はすぐ近くにチェーン店のコーヒーショップへと入った。
八代はレジでアールグレイティーを受け取ると、店内の奥の方の席へと向かい席を取っていた南川の前に座った。
学校を仮病でサボったことはあったが、こうして日中堂々外でサボることなど初めてだった。都会の人たちは制服姿の学生が日中からコーヒーショップにいようと気にも留めないのでそこは安心している。
「八代くんは渉と付き合ってるの?」
少し苦味の強いアールグレイティーを一口飲んだところで南川が聞いてきた。
「別にそういうのじゃないですけど」
完全にタメ口に移行した南川とは対照的に八代は一度も言葉を崩さなかった。
一定の距離を持ち、決して同じ土俵には上がらないぞという表明だ。
「日向野とは席が隣で喋るようになって、それでたまに俺たちのグループと行動してるって感じです」
事実と嘘を融合させながら、当たり障りのない返答をした。
ポチャチャの下から話したら面倒なことになる。
「へぇー。ただのグループの一員なんだ。可哀想に」
軽蔑するような、憐れむようなどちらとも言えない目で言われてた。
連絡さえ自力で取れないような奴が何を言う。
「何が可哀想なんですか?」
「渉はグループが嫌いなんだよ。小学生の時にいじめられてから」
南川が言うには日向野が小学四年生の時に、ポチャチャのぬいぐるみを大事にしていることが仲良くしていた男友達にバレて揶揄われたのがトラウマになっているらしい。
クラス中に言いふらされて、悪ノリが続いたことで日向野は塞ぎ込んでしまったという。
「俺は中学から一緒だからあんまりいじめた奴らのことは知らないけど、でも出会った時にはもう暗かったからね。誰も近づかないでくださいって感じ」
知りたくて自分からついて来たくせに、自分の知らない日向野を語る南川に心が折れそうになる。
過去のことを語るくらいには、南川に心を開いていたのだろう。なのに自分は、日向野が一人を好んでいる理由も知らないままに一緒に過ごしてきた。
「だから八代くんの動画に映ってた渉を見てびっくりしたよ。利用されちゃって本当可哀想」
心底嫌そうな顔をした南川は呆れたように八代に目を向ける。
なんでお前止めてやらなんだって咎められているようだった。
「渉が自分から高校デビューするようには到底思えないし、誰かが無理やりやったんでしょ。渉の顔が良いってだけでさ」
何にも知らない奴がでしゃばるなよ、という圧をひしひしと感じた。
確かに日向野に助言をしたのは自分だが、それを実行したのは日向野自身だ。決して無理やりでもないし……。
「でもそれは、日向野が自分で変わりたいって思ったのかもしれないし」
「何で? 動画でこんなやらされてる感満載なのに、何でそんなこと思えるの?」
「……普通にみんなで出かけたりもするし、それに出会って暗かった日向野より今の方がよっぽど笑うことが多くなりましたけど」
踊り場で過ごす日向野のことを思い浮かべて答えた。
自分の前ではよく笑ってくれている。一緒にいて楽しんでくれているはずだ。
「ふーん。こんな感じで?」
南川はスマホを掲げて中学時代の動画を見せてきた。
そこには誰かの部屋のベッドで眠る日向野が映っている。
制服姿だから学校終わりにどちらかの家で勉強でもしていたのだろうか。
見たこともない日向野の姿に胸に一瞬の痛みが走る。
徐々にカメラが日向野の顔に近づき、一瞬カメラが外に逸らされた。そしてまたカメラが日向野の顔を映し出すと、日向野がうっすらと目を開けた。
『寝てた……?』
『うん。だからキスして起こした』
『え! 消してそれは!』
日向野が笑ってカメラに手を伸ばしたところで動画が終わった。
「これは出会って三ヶ月目くらいの俺と渉だけど、超えられる?」
勝ち負けではないとは分かっているのに、敗北感で全身が重くなった。
日向野と南川の間には友情を超えた愛情があったことを目の当たりにしてしまってはもう、明確に関係の差が違うことを認めざる負えない。
改めて思えば南川の名前を聞いた日向野はわかりやすく反応していた。
例えそれが拒絶の反応でも、それはそんな顔をさせるほどの思い出があったということなのだ。忘れられないからこそ憎しみが続く。
そして日向野にそんな顔をさせる男がいるのかと思うとひどく妬けた。
「……日向野はどうして連絡をとりたくないんですかね」
「わからないから探してたんだよ。卒業したら急に音信不通になっちゃったから。俺の他に仲良くしてるやつも居なかったし。あいにく家だけは知らなかったからね」
「……もうそれは、自然消滅したってことなんじゃないですか?」
日向野と南川は付き合っていた、ということを一度受け入れてそう聞いてみた。
「だったらちゃんと渉の言葉で聞きたい」
はっきりと覚悟を決めた目で返された。
そんな一年以上も連絡無しの状態なのだから関係など無いようなもの。とは思うけれど、ドラマとかでは再会して、実はお互い未練があって復縁するなんていう結末はザラにあるので、何とも言えない気持ちになった。
「話を聞きたいだけなんだよ。それで振られるならそれでいい。そしたらもう追わないから」
気持ちにけじめをつけたい心情は少なからず理解はできた。
けれど、日向野の気持ちもある。騙して会わせるのは自分的には絶対にない選択肢だった。
「……もう一度、日向野に聞いてみます」
「聞くんじゃなくて、八代くんの方から説得してくれないかな?」
「え?」
「会ってみたらどうかって。だって八代くんは渉の彼氏じゃないんだし、止める理由もないよね?」
日向野の告白を保留にしているからこそ、南川との関係はクリーンにして欲しいと確かに思う。
でも、それで復縁したら。それで日向野が南川の元へと行ってしまったら。
あぁどうしよう。すごくすごく、嫌だ。
八代はレジでアールグレイティーを受け取ると、店内の奥の方の席へと向かい席を取っていた南川の前に座った。
学校を仮病でサボったことはあったが、こうして日中堂々外でサボることなど初めてだった。都会の人たちは制服姿の学生が日中からコーヒーショップにいようと気にも留めないのでそこは安心している。
「八代くんは渉と付き合ってるの?」
少し苦味の強いアールグレイティーを一口飲んだところで南川が聞いてきた。
「別にそういうのじゃないですけど」
完全にタメ口に移行した南川とは対照的に八代は一度も言葉を崩さなかった。
一定の距離を持ち、決して同じ土俵には上がらないぞという表明だ。
「日向野とは席が隣で喋るようになって、それでたまに俺たちのグループと行動してるって感じです」
事実と嘘を融合させながら、当たり障りのない返答をした。
ポチャチャの下から話したら面倒なことになる。
「へぇー。ただのグループの一員なんだ。可哀想に」
軽蔑するような、憐れむようなどちらとも言えない目で言われてた。
連絡さえ自力で取れないような奴が何を言う。
「何が可哀想なんですか?」
「渉はグループが嫌いなんだよ。小学生の時にいじめられてから」
南川が言うには日向野が小学四年生の時に、ポチャチャのぬいぐるみを大事にしていることが仲良くしていた男友達にバレて揶揄われたのがトラウマになっているらしい。
クラス中に言いふらされて、悪ノリが続いたことで日向野は塞ぎ込んでしまったという。
「俺は中学から一緒だからあんまりいじめた奴らのことは知らないけど、でも出会った時にはもう暗かったからね。誰も近づかないでくださいって感じ」
知りたくて自分からついて来たくせに、自分の知らない日向野を語る南川に心が折れそうになる。
過去のことを語るくらいには、南川に心を開いていたのだろう。なのに自分は、日向野が一人を好んでいる理由も知らないままに一緒に過ごしてきた。
「だから八代くんの動画に映ってた渉を見てびっくりしたよ。利用されちゃって本当可哀想」
心底嫌そうな顔をした南川は呆れたように八代に目を向ける。
なんでお前止めてやらなんだって咎められているようだった。
「渉が自分から高校デビューするようには到底思えないし、誰かが無理やりやったんでしょ。渉の顔が良いってだけでさ」
何にも知らない奴がでしゃばるなよ、という圧をひしひしと感じた。
確かに日向野に助言をしたのは自分だが、それを実行したのは日向野自身だ。決して無理やりでもないし……。
「でもそれは、日向野が自分で変わりたいって思ったのかもしれないし」
「何で? 動画でこんなやらされてる感満載なのに、何でそんなこと思えるの?」
「……普通にみんなで出かけたりもするし、それに出会って暗かった日向野より今の方がよっぽど笑うことが多くなりましたけど」
踊り場で過ごす日向野のことを思い浮かべて答えた。
自分の前ではよく笑ってくれている。一緒にいて楽しんでくれているはずだ。
「ふーん。こんな感じで?」
南川はスマホを掲げて中学時代の動画を見せてきた。
そこには誰かの部屋のベッドで眠る日向野が映っている。
制服姿だから学校終わりにどちらかの家で勉強でもしていたのだろうか。
見たこともない日向野の姿に胸に一瞬の痛みが走る。
徐々にカメラが日向野の顔に近づき、一瞬カメラが外に逸らされた。そしてまたカメラが日向野の顔を映し出すと、日向野がうっすらと目を開けた。
『寝てた……?』
『うん。だからキスして起こした』
『え! 消してそれは!』
日向野が笑ってカメラに手を伸ばしたところで動画が終わった。
「これは出会って三ヶ月目くらいの俺と渉だけど、超えられる?」
勝ち負けではないとは分かっているのに、敗北感で全身が重くなった。
日向野と南川の間には友情を超えた愛情があったことを目の当たりにしてしまってはもう、明確に関係の差が違うことを認めざる負えない。
改めて思えば南川の名前を聞いた日向野はわかりやすく反応していた。
例えそれが拒絶の反応でも、それはそんな顔をさせるほどの思い出があったということなのだ。忘れられないからこそ憎しみが続く。
そして日向野にそんな顔をさせる男がいるのかと思うとひどく妬けた。
「……日向野はどうして連絡をとりたくないんですかね」
「わからないから探してたんだよ。卒業したら急に音信不通になっちゃったから。俺の他に仲良くしてるやつも居なかったし。あいにく家だけは知らなかったからね」
「……もうそれは、自然消滅したってことなんじゃないですか?」
日向野と南川は付き合っていた、ということを一度受け入れてそう聞いてみた。
「だったらちゃんと渉の言葉で聞きたい」
はっきりと覚悟を決めた目で返された。
そんな一年以上も連絡無しの状態なのだから関係など無いようなもの。とは思うけれど、ドラマとかでは再会して、実はお互い未練があって復縁するなんていう結末はザラにあるので、何とも言えない気持ちになった。
「話を聞きたいだけなんだよ。それで振られるならそれでいい。そしたらもう追わないから」
気持ちにけじめをつけたい心情は少なからず理解はできた。
けれど、日向野の気持ちもある。騙して会わせるのは自分的には絶対にない選択肢だった。
「……もう一度、日向野に聞いてみます」
「聞くんじゃなくて、八代くんの方から説得してくれないかな?」
「え?」
「会ってみたらどうかって。だって八代くんは渉の彼氏じゃないんだし、止める理由もないよね?」
日向野の告白を保留にしているからこそ、南川との関係はクリーンにして欲しいと確かに思う。
でも、それで復縁したら。それで日向野が南川の元へと行ってしまったら。
あぁどうしよう。すごくすごく、嫌だ。