結局、翌週の月曜が祝日でそこなら安達も含めて予定が合ったため、動画撮影はその日に決定。
日々、何を着せようかとクローゼットの中を漁っては、どうしてこうなってしまったのかと頭を抱えた。
こんなことをして日向野のストレスになってはいないだろうか。だが日向野が良いって言っているのに、自分がおせっかいな心配事をしてもうざがられるかもしれないし。
そんなことを考えていた約束の日の前日の夜、日向野からポチャチャカフェに行った時以来に連絡が来た。
【明日十時でいいんだよね?】
明日は集合時間の二時間前に、八代の家に日向野が来るという話になっていた。
【そうだよ。着いたら教えて。出るから】
そう送ると【了解】とだけ返ってきた。事前に住所を送っていたため、本当に確認だけの連絡だったらしい。既読だけして何も返さないのもなと思い、【おやすみ】と返信する。
自分で終わらせたつもりだったが、律儀に日向野からはポチャチャが寝ているスタンプが送られてきて思わず笑った。
こういうスタンプを持っているということは、きっと誰かとやりとりすることがあるのだろう。
高校では誰かと親しくしている姿など見たことない。だとしたら中学時代の友達だろうか。
なんて、なんでそんなことを気にしているんだと自分に嫌気がさし、そのまま布団に潜り込んだ。
翌朝、階段を激しく駆け上がってくる音で目が覚めた。同時に扉が開き、母が物凄い勢いで入ってくる。
「ちょっと、なんか男前な子来てるんだけど」
母の言葉を聞き、しまったとスマホを見たら十時を十分も過ぎていた。
日向野はきっと十時には着いていたはずなのに、起きるまで十分間の猶予をくれていたのだろう。
もちろん日向野から何件ものメッセージと着信が入っている。
何もかもそのままに、慌てて玄関へ降りると日向野がちょこんと玄関に立っていた。
「ごめん……お待たせ」
「楽しみすぎて寝れなかった?」
日向野が挑発するように笑う。
穴があったら入りたい気分だったが、これは自分のせいなので平常心を装って日向野を部屋へと案内した。
日向野を適当に座らせて、キッチンの冷蔵庫から持ってきたペットボトルのお茶を渡す。
「そんなお気遣いなく」
「いやいや、今まで散々恵んでもらってたんで」
寝坊もしたわけだし。
「てか全然服のこと考えてなかったわ」
日向野と目を合わせないように、すぐさまクローゼットを探るふりををする。
本当はある程度服に目星はつけておいたが、今は少しでも時間を稼ぎたい。
「今日ちょっと肌寒いよなー」
気温だって昨夜のうちに調べた。
「正直デート服って俺よく分かんないんだよね」
これも昨夜ネットで検索してなんとなく想定はついている。
「デートしたことないの?」
耳元にダイレクトに入ってきた日向野の声に驚いて振り向くと、日向野が真後ろに立っていた。
ふわりと日向野からサボン系の爽やかな匂いが香ってくる。
「香水?」
「うん。良い香りがするもの好きだから。この匂いダメだった?」
「いや、そうじゃないけど」
意外だった。そういうものになんの頓着もないかと思っていたのに。
「まぁいいから座ってろって」
「デート服、分かんないんでしょ?」
日向野は八代の言葉を無視して、クローゼットに掛けられた服を目で追う。
別に見られているのはクローゼットの中なのに、なんだか自分の心の内側をくまなく探られているようで恥ずかしさが増した。
「ちょっと、あんま見るな」
「すごい。八代くんって服好きなんだね」
「好きっていうか」
「これとかいいじゃん」
日向野が手に取ったのはチャコールグレーのテーラードジャケットだった。
「カッコイイ」
日向野が八代にジャケットを当てがう。
「これは姉ちゃんが選んだやつ。てかここにあるのほとんど姉ちゃんのセンス」
姉はとにかく“ダサい男”に厳しい人間だった。彼氏ができればその彼氏をどんどん垢抜けさせていく。自分に関わる男でダサいやつなんて論外なのだろう。
「これがいいなら、下にはシンプルな白のロゴTとか合わせてみたら?」
これは王道だと思う。ネットで見た時も割とこのコーデを見た。まぁ高校生よりも大人向けっぽい気もするけど。
「八代くんが決めてよ。そのために来たんだから」
「はいはい。そうでしたね」
「あ、これもいいね」
八代の背後から手を伸ばして服を手に取ろうとする日向野。
その至近距離はわざとやっているのではないかと疑いたくなる。
思わせぶりなのは日向野の方なんじゃ……。
そう考えて思考が停止した。なんだよ思わせぶりって。これではまるで自分が日向野にときめいているようじゃないか。
「日向野、近い」
思っているよりも冷たい言い方になってしまったが、日向野は首を傾げるだけで、特に気にはしていないようだった。
「じゃあ座って待ってるね」
素直に離れてくれて安堵する。何をそんなに動揺しているのだろう。
小さく溜息をして、さっき日向野が選んだテーラードジャケットに合うパンツやベルトなどの小物を選んで渡した。
日向野はその場で八代の目など気にすることなく服を脱いでいく。
八代はぼんやりと着替える日向野の後ろ姿を見ていた。
意外と肉付きがいいんだなとか、細いわりに程よく背中や腕に筋肉ついてるんだな、なんて思っていると、着替え終わった日向野が振り返る。
「どう?」
サイズに問題はなさそうだった。それ以上に綺麗めカジュアルな服装がこんなにも似合うとは思っていなかった。
「俺より似合ってるよ」
「かっこいい?」
「うん」
こんなのモテる男以外の何者でもないだろう。
「じゃあ八代くん、今からデートしよっか」
今まで彼女にすら言われたことないような言葉を爽やかに日向野が言う。
「なに、デートって」
「だってまだみんなとの約束まで時間あるし」
「いや、だからってなんでデート……」
「練習だって。動画撮るんだし」
そういうことかと納得して時間を確認すると、確かに集合時間まで一時間はある。
どうせ家にいても間が持たないだろうと八代は判断し、日向野の提案したデートの練習に乗ったのだった。