あれから日向野のいる踊り場へは気軽に行くことを辞めた。
あそこへ行くことが何かの思わせぶりになり、日向野を傷つけているのかもしれないと思ったからだ。
日向野は八代が行かなくなって何か言ってくることも、聞いてくることもなかった。
自分で日向野の元へは行かないと決めたはずなのに、心の中では日々モヤモヤが募っていく。
やはり自分だけが心を許していたのだろうか。日向野にとっては自分のことなどどうでもいい存在だったのだろうか。
考えれば考えるほどイライラしてしまうから、学校ではなるべく一人にならないように今まで以上に安達たちとつるんだ。
けれどなんの事情も知らない安達や花岡たちは、相変わらず日向野を使ってSNSでバズろうとしていた。
やはり日向野の動画は人気らしく、日々動画のコメントや視聴回数が増えているという。
日向野も断ることなくついてくるもんだから、嫌でも顔を合わせてしまうことになる。
周りに気づかれないよう態度を変えないようにするのも大変だというのに。
「ねぇ日向野くんも一緒行かない?」
放課後、みんなでファミレスに行こうとしていた時、花岡が日向野にそう声を掛けた。
まじかよと思ったのも束の間、日向野は特に考える素振りも見せずに「いいよ」と返事をした。
八代たちはバイトのある安達を駅まで送ると、そのまま近くのファミレスへと入った。
ボックス席に八代、日向野、山下で並んで座り、対面に花岡と篠宮が座った。
適当にドリンクバーを頼むと、早速というように花岡が日向野に動画を見せる。
「日向野くん凄いよ。見てこれ、直近のランキング入っちゃってるよ」
それは日向野の普段の表情を篠宮が編集してポップに繋げた動画で、わずか一分でも日向野のイケメンさが存分に楽しむ事ができる。
「日向野くんスカウトとか来るんじゃない?」
「こんなんで来るわけないじゃん。こういうネットの世界のイケメンって何人いると思ってんだよ」
篠宮の言葉に山下が食い気味に反論する。
日向野に対抗心丸出しの山下だが、日向野は特になんのダメージも受けていないのが目に見えてわかった。
「でもいつどこで誰の目に止まるかはわかんないじゃん。実際ランキング入ってるし」
篠宮にキツく言われ、山下は罰が悪そうに頼もしないメニュー表を開いた。
「でね、次の動画は日向野くんの彼女目線動画を撮ろうかと思ってるんだよね」
意気揚々とそう言った花岡に、男子三人は首を傾げた。
花岡は日向野のプロデューサーにでもなろうとしているのだろうか。
「あー分かんないよ。ほら、こういう感じのやつ」
花岡に見せられた動画は女の子バージョンだったが、彼氏が彼女の動画を撮ったらまぁこういう感じになるんだろうなと思えるデート動画だった。
「えぇ、花岡ちゃんと日向野がデートするってこと!?」
「じゃなくて、みんなで遊びに行ってその最中に撮ろうかなって」
「さすがに美鈴も日向野くんと二人だと緊張しちゃうもんね」
「余計なこと言わなくていいから。ほら、あたしと夏海だけでも日向野くん気まずいだろうし、どうせならみんなでさ」
八代と日向野を置いてけぼりに、三人が矢継ぎ早に話す。
「どう?」
“はい”か“いいえ”かの二択を花岡が日向野に問う。
「まぁ別にいいけど」
断る理由がないからそう答えた、という感じの返答だった。
「八代くんも来るでしょ?」
続けられた日向野の言葉に、反射的に「うん」と答える。
「じゃああとは安達くんにも聞いてみて、予定合わそうか」
「あれだね、行きたいところはこっちでリサーチしとくから」
女子二人のやる気に、男子側は意見などできる雰囲気じゃない。
日向野は本当にいいのだろうかと不安が過ぎる。
「あ、当日はデートって感じの服装で来て欲しいんだけど、日向野くん普段着ってどんな感じ?」
ふと、八代の脳裏にポチャチャカフェに行った時のカーディガンにデニム姿のシンプルな服装の日向野が浮かぶ。
別にダサいというわけではないが、華やかではない気はするが……。
「パーカーとかしかないかも」
そこは正直に答えた日向野に花岡は想定済みですというように「だよね」と頷く。
「じゃあ純人の貸してあげてよ」
「え?」
「純人案外私服のセンスいいし。まぁちょっと日向野くんの方が身長高いけど……いけるでしょ!」
あれよあれよと花岡と篠宮の口車に乗せられ、八代は日向野に当日の洋服を見繕うことになってしまった。