冬の十勝平野は、雪が果てしなく広がる広大な白の海原だった。少しだけ開けた窓に手をかざしてみると、開けると冷たさが皮膚にしみわたる。風は冷たいが、重くはない。空気は澄み切っていた。青空には、遠くに薄雲が漂い、その下に低く広がる山並みが見えている。雪の匂いと乾燥した風が、頬を撫でながらすり抜けていった。
私は運転席の横に座り、フロントガラス越しにその風景を見つめていた。母はハンドルを握り、静かに車を走らせている。振り返ると絵里がチャイルドシートにちょこんと収まっている。厚手の防寒具に包まれ、まるで小さなパンダのように愛らしい姿だ。
「そろそろ着くわよ、由衣」母が穏やかに言った。
「うん、分かった」そう頷いた時、目の前に広がる清水円山展望台の入り口が見えてきた。
車を路肩に停めると、エンジン音が静かに消えた。
「お疲れ様、お母さん」
下車して、後部座席のドアを開けた。チャイルドシートのシートベルトを外し、小さな彼女をそっと抱きかかえると、絵里は少し眠そうに目を細めた。
「お母さんはどうする?」
母は深く息を吐き、ハンドルに手を置いたまま、疲れた表情で見上げた。
「私は車の中で少し休んでるわ。あなたたちだけでいってらっしゃい」
「わかった。おばあちゃんは少しお休み。じゃあ絵里、二人で行こうね」絵里に話しかけ、彼女をしっかりと抱きしめた。寒さでお餅のような頬が桃色になり、その柔らかい温もりを胸に感じた。
坂を登る途中、ふと懐かしい記憶が蘇ってきた。高校生の頃、三人でここの絵を描いた事を思い出す。
「寒いね、絵里」自分の手に暖かい息を吐き、彼女の頬を優しく撫でた。絵里は少し眠そうな顔をしていたが、私の声を聞いてかすかに「あぅ……んまま……」と返事をした。
やがて誰もいない展望台に着いた。目の前には、私達を包み込むような一面の雪景色が広がっていた。
「すごい……」
私、蓮太郎くん、そして涼くん。あの時描いた風景画がそのまま、今こうして眼前に広がっている。その白さと比例するように空気は冷たく、張り詰めた静けさが漂っている。
「寒いね、絵里。大丈夫?」もう一度彼女に声をかけた。彼女の小さく、餅のような頬は赤く染まっていて、指でさすると、ひんやりしていた。
「ごめんね……そろそろ行こうか」
その瞬間、ふわりと風が吹き抜けた。冬の風なのに、どこか温もりを帯びているようで、そのまま身を風に委ねるように、そっと目を閉じた。風が髪を優しく揺らし、まるで誰かがそっと肩に手を添えたかのような、柔らかな感触が広がった。
「……涼くん?」
その瞬間、まるで彼とすれ違ったような感覚に襲われた。彼の姿は見えなかったけれど、その存在を強く感じた。何も言わずに、ただ通り過ぎていったような、そんな感覚。
やがて静かになり、目をゆっくり開けた。遠くに見える山並みの向こうには、まだ青空が広がっていた。その風景を眺めながら、心の中でそっと囁いた。
「久しぶりね……」誰にも届かないその言葉は、風に乗ってどこかに消えていった。
私は運転席の横に座り、フロントガラス越しにその風景を見つめていた。母はハンドルを握り、静かに車を走らせている。振り返ると絵里がチャイルドシートにちょこんと収まっている。厚手の防寒具に包まれ、まるで小さなパンダのように愛らしい姿だ。
「そろそろ着くわよ、由衣」母が穏やかに言った。
「うん、分かった」そう頷いた時、目の前に広がる清水円山展望台の入り口が見えてきた。
車を路肩に停めると、エンジン音が静かに消えた。
「お疲れ様、お母さん」
下車して、後部座席のドアを開けた。チャイルドシートのシートベルトを外し、小さな彼女をそっと抱きかかえると、絵里は少し眠そうに目を細めた。
「お母さんはどうする?」
母は深く息を吐き、ハンドルに手を置いたまま、疲れた表情で見上げた。
「私は車の中で少し休んでるわ。あなたたちだけでいってらっしゃい」
「わかった。おばあちゃんは少しお休み。じゃあ絵里、二人で行こうね」絵里に話しかけ、彼女をしっかりと抱きしめた。寒さでお餅のような頬が桃色になり、その柔らかい温もりを胸に感じた。
坂を登る途中、ふと懐かしい記憶が蘇ってきた。高校生の頃、三人でここの絵を描いた事を思い出す。
「寒いね、絵里」自分の手に暖かい息を吐き、彼女の頬を優しく撫でた。絵里は少し眠そうな顔をしていたが、私の声を聞いてかすかに「あぅ……んまま……」と返事をした。
やがて誰もいない展望台に着いた。目の前には、私達を包み込むような一面の雪景色が広がっていた。
「すごい……」
私、蓮太郎くん、そして涼くん。あの時描いた風景画がそのまま、今こうして眼前に広がっている。その白さと比例するように空気は冷たく、張り詰めた静けさが漂っている。
「寒いね、絵里。大丈夫?」もう一度彼女に声をかけた。彼女の小さく、餅のような頬は赤く染まっていて、指でさすると、ひんやりしていた。
「ごめんね……そろそろ行こうか」
その瞬間、ふわりと風が吹き抜けた。冬の風なのに、どこか温もりを帯びているようで、そのまま身を風に委ねるように、そっと目を閉じた。風が髪を優しく揺らし、まるで誰かがそっと肩に手を添えたかのような、柔らかな感触が広がった。
「……涼くん?」
その瞬間、まるで彼とすれ違ったような感覚に襲われた。彼の姿は見えなかったけれど、その存在を強く感じた。何も言わずに、ただ通り過ぎていったような、そんな感覚。
やがて静かになり、目をゆっくり開けた。遠くに見える山並みの向こうには、まだ青空が広がっていた。その風景を眺めながら、心の中でそっと囁いた。
「久しぶりね……」誰にも届かないその言葉は、風に乗ってどこかに消えていった。