何かを悔やんでいるような、そんな顔をしていた。せっかく楽しい時間だったのに、そんな顔をさせてしまったことを申し訳なく思う。
「他は?」
「え?」
わたしの顔を覗き込みながら聞いてくる。申し訳なさに押し潰されそうになっていて言葉の意味が上手く分からなくて、思わず聞き返した。
「他に行きたいところ。ないの?」
そう問われて考え込む。特に欲しいものもないし、行きたい場所も無い。そう思った矢先に、きらきらと人工的な光を放つゲームセンターが目に入った。
「拓海くん、あそこ行きません?」
「いいよ、行こ!」
楽しくなったのか何なのか、拓海くんはゲームセンターに向かって走り出した。その背中が小さい子供のように見えて、見守る親のように微笑んだ。
わたしも拓海くんを追いかけて、小走りでゲームセンターへと向かった。
「結構買っちゃいましたね」
「ね。でもいいじゃん、久しぶりの買い物だったし」
「そうですけど」
そう言いながら外に出る。冷たい風が吹き付けて、思わず肩をすくめた。
ゲームセンターに向かって駆け出したあの後、ふたりで夢中になってゲームを楽しんだ。ゲームセンターなんて久しぶりで、拓海くんに至っては十年ぶりだとで、すっかり楽しくなってしまって。
その後もいくつかお店を見て回って、結果的にわたしの両手も拓海くんの両手も紙袋でいっぱいになった。イルミネーションを見るときは、手を繋いで見れたらいいななんて、淡い期待を抱いていたのに。
拓海くんとふたり並んで、イルミネーションで彩られた並木道を歩いてゆく。綺麗だねとか拓海くんがわたしに話しかけてくれているのに、やっぱり手を繋ぎたかったという思いが邪魔をして、上手く会話できない。自分が馬鹿らしくて嫌になる。
「璃恋」
拓海くんの左手が差し出される。
「何ですか」
「荷物持つよ」
「拓海くんだってもういっぱい持ってるじゃないですか」
「いいんだって。早くちょうだい」
右手に持っていた荷物を拓海くんの左手に渡す。その荷物は流れるように拓海くんの右手へと渡されて、左手はわたしの右手と繋がれる。
「こうしたかったんだよ」
そういう拓海くんの耳が少し紅く染まる。それが愛おしくて、握った手に力を込めた。
一際目を引く大きな木の前まで来て、足を止めた。何色ものライトで彩られていた並木道とは違い、この木は白色一色で染められている。光り輝く白が背景の深い黒色とマッチしていて綺麗だ。
拓海くんの瞳に、綺麗な光が映る。じっとそれを見つめていたら、拓海くんがこちらを見た。
「……何?」
優しい声色に話し方。微笑みをたたえている唇。赤く染まった耳と頬。わたしを見つめる、綺麗な瞳。
好きだなぁ、って思ってしまったのは、秘密にさせて。
「なんでもないです」
冷たい風が時々吹いて、わたしの髪と拓海くんのコートの裾を揺らしていく。ある程度イルミネーションを見て満足して、そろそろ帰ろうかと駅に向かって歩き出したとき。
「あれ、璃恋?」
後ろから誰かに呼ばれた。久しぶりに聞いたようなその声に思わず振り返る。
「やっぱり璃恋だ!久しぶり!」
「……瑠希?」
そこにいたのは高校でのクラスメイトで、それなりに仲がよかった瑠希だった。お互いの家に泊まったり、一緒に買い物に行ったり勉強をしたりと、かなりの時間を一緒に過ごした。家を出た当日にも、瑠希の家に泊まらせてもらった。
「元気してた?半年以上学校来ないから、心配してたんだよ」
「あ、えっと」
「先生に聞いても体調不良だって言うしさ、璃恋ママに聞いたら彼氏と同棲してるって言うし。ほんとなの?あの人の言うこと昔から信用できないんだよね、男ばっか見てさ」
瑠希はどんどん言葉をまくし立てる。昔――一緒にいたときもそうだった。
わたしに話す隙を与えず、ころころと表情を変えながら話す。大きい瞳が見開かれたり、眉毛が下がったり、満面の笑みになったり。一方的に話ばかりされるから嫌いと言われることもあったそうだが、わたしは人の話を聞いている方が好きだったから別にどうも思わなかった。表情豊かな瑠希を見るのも好きだった。
「……待って、もしかして隣にいるの彼氏?」
やっとわたしの隣にいる拓海くんに気づいたのか、瑠希がそう言った。こそこそと内緒話でもするかのように、わたしの耳に口を近づけて言ってくる。
「うん、実は」
「え!?嘘、ほんとに?ふたりでイルミネーション見に来るなんて恋人でしかありえないだろとは思ったけど、本当だとは思わなくて。もー、彼氏できたなら言ってよ」
大きい目をさらに見開いて驚いた後、おちょくるように肘で脇腹をつついてくる。力を入れるような動きをしているけど、一ミリも触れていないところが優しい。
「璃恋の友達?」
隣で黙りこくっていた拓海くんがようやく口を開いた。
「はい、一緒のクラスで」
「斉藤瑠希って言います。璃恋とはどういう関係で?」
「ちょっと瑠希。さっき言ったじゃん」
「いやいや、やっぱり本人から確認を取らないと」
「拓海くん、言わなくて良いですからね」
「拓海くんって言うんだ~?」
「瑠希ってば」
にやにやと笑う瑠希に呆れながらも笑った。高校のときの休み時間みたいだと思った。
高校に通っていたときも恋愛とは縁がなかった。告白されることは何回かあったけど、その人のことを好きになれそうになかったから断った。
だからこそこういう女の子同士で盛り上がるような恋バナもあまりしたことがなかった。
瑠希の恋愛相談に乗っていたこともあったけれど、わたしから提供できる話題という話題もないので大して盛り上がらない。
こうやってつつきあって、年相応のような話をして。
そうやって生きていくのが、"普通の高校生活"だったんだろう。
「黒瀬拓海です。うちの璃恋がお世話になってます」
「ちょ、拓海くん」
「いやいやこちらこそ!あ、あたしそろそろ行くね」
「え?あぁうん、分かった」
「じゃ、またね。黒瀬さん、璃恋のことよろしくお願いします」
瑠希が手を振りながら歩いて行く。わたしと拓海くんも瑠希の姿が見えなくなるまで手を振った。
「いい子じゃん、あの子」
「ごめんなさい本当、瑠希どんどん喋るんですよ」
「母親といいあの子といい、璃恋の周りはよく喋る人ばっかだな」
「はい。ほんと、瑠希いつもあんな感じなんです。今会って、高校通ってたときのこと思い出しました」
離れていた手がまた繋がれる。
拓海くんは少し複雑そうな顔をしていた。
「……戻りたいって思う?高校通ってたときに」
変な質問。どう答えるかなんて、分かりきっているくせに。
「思わないですよ。わたしは、拓海くんと生きるって決めたんです」
思うわけがない。拓海くんといることが一番の幸せで、拓海くんとなら、何があったって怖くない。向かう先が雷鳴の轟く場所だろうと、わたし達の未来が曇っていようと別にいい。拓海くんと一緒に見る景色ならば、そこが楽園になるのだから。
「……ありがとう」
その言葉を皮切りに、ふわりとした雪が空から落ちてきた。
まるでドラマのワンシーンのように美しい景色の中に、わたしたちはいる。
拓海くんの耳が少し赤かった。それは寒さのせいなのか、何かに照れているのか。
どっちなのか分からないけれど、寒さのせいにしておこう。
「他は?」
「え?」
わたしの顔を覗き込みながら聞いてくる。申し訳なさに押し潰されそうになっていて言葉の意味が上手く分からなくて、思わず聞き返した。
「他に行きたいところ。ないの?」
そう問われて考え込む。特に欲しいものもないし、行きたい場所も無い。そう思った矢先に、きらきらと人工的な光を放つゲームセンターが目に入った。
「拓海くん、あそこ行きません?」
「いいよ、行こ!」
楽しくなったのか何なのか、拓海くんはゲームセンターに向かって走り出した。その背中が小さい子供のように見えて、見守る親のように微笑んだ。
わたしも拓海くんを追いかけて、小走りでゲームセンターへと向かった。
「結構買っちゃいましたね」
「ね。でもいいじゃん、久しぶりの買い物だったし」
「そうですけど」
そう言いながら外に出る。冷たい風が吹き付けて、思わず肩をすくめた。
ゲームセンターに向かって駆け出したあの後、ふたりで夢中になってゲームを楽しんだ。ゲームセンターなんて久しぶりで、拓海くんに至っては十年ぶりだとで、すっかり楽しくなってしまって。
その後もいくつかお店を見て回って、結果的にわたしの両手も拓海くんの両手も紙袋でいっぱいになった。イルミネーションを見るときは、手を繋いで見れたらいいななんて、淡い期待を抱いていたのに。
拓海くんとふたり並んで、イルミネーションで彩られた並木道を歩いてゆく。綺麗だねとか拓海くんがわたしに話しかけてくれているのに、やっぱり手を繋ぎたかったという思いが邪魔をして、上手く会話できない。自分が馬鹿らしくて嫌になる。
「璃恋」
拓海くんの左手が差し出される。
「何ですか」
「荷物持つよ」
「拓海くんだってもういっぱい持ってるじゃないですか」
「いいんだって。早くちょうだい」
右手に持っていた荷物を拓海くんの左手に渡す。その荷物は流れるように拓海くんの右手へと渡されて、左手はわたしの右手と繋がれる。
「こうしたかったんだよ」
そういう拓海くんの耳が少し紅く染まる。それが愛おしくて、握った手に力を込めた。
一際目を引く大きな木の前まで来て、足を止めた。何色ものライトで彩られていた並木道とは違い、この木は白色一色で染められている。光り輝く白が背景の深い黒色とマッチしていて綺麗だ。
拓海くんの瞳に、綺麗な光が映る。じっとそれを見つめていたら、拓海くんがこちらを見た。
「……何?」
優しい声色に話し方。微笑みをたたえている唇。赤く染まった耳と頬。わたしを見つめる、綺麗な瞳。
好きだなぁ、って思ってしまったのは、秘密にさせて。
「なんでもないです」
冷たい風が時々吹いて、わたしの髪と拓海くんのコートの裾を揺らしていく。ある程度イルミネーションを見て満足して、そろそろ帰ろうかと駅に向かって歩き出したとき。
「あれ、璃恋?」
後ろから誰かに呼ばれた。久しぶりに聞いたようなその声に思わず振り返る。
「やっぱり璃恋だ!久しぶり!」
「……瑠希?」
そこにいたのは高校でのクラスメイトで、それなりに仲がよかった瑠希だった。お互いの家に泊まったり、一緒に買い物に行ったり勉強をしたりと、かなりの時間を一緒に過ごした。家を出た当日にも、瑠希の家に泊まらせてもらった。
「元気してた?半年以上学校来ないから、心配してたんだよ」
「あ、えっと」
「先生に聞いても体調不良だって言うしさ、璃恋ママに聞いたら彼氏と同棲してるって言うし。ほんとなの?あの人の言うこと昔から信用できないんだよね、男ばっか見てさ」
瑠希はどんどん言葉をまくし立てる。昔――一緒にいたときもそうだった。
わたしに話す隙を与えず、ころころと表情を変えながら話す。大きい瞳が見開かれたり、眉毛が下がったり、満面の笑みになったり。一方的に話ばかりされるから嫌いと言われることもあったそうだが、わたしは人の話を聞いている方が好きだったから別にどうも思わなかった。表情豊かな瑠希を見るのも好きだった。
「……待って、もしかして隣にいるの彼氏?」
やっとわたしの隣にいる拓海くんに気づいたのか、瑠希がそう言った。こそこそと内緒話でもするかのように、わたしの耳に口を近づけて言ってくる。
「うん、実は」
「え!?嘘、ほんとに?ふたりでイルミネーション見に来るなんて恋人でしかありえないだろとは思ったけど、本当だとは思わなくて。もー、彼氏できたなら言ってよ」
大きい目をさらに見開いて驚いた後、おちょくるように肘で脇腹をつついてくる。力を入れるような動きをしているけど、一ミリも触れていないところが優しい。
「璃恋の友達?」
隣で黙りこくっていた拓海くんがようやく口を開いた。
「はい、一緒のクラスで」
「斉藤瑠希って言います。璃恋とはどういう関係で?」
「ちょっと瑠希。さっき言ったじゃん」
「いやいや、やっぱり本人から確認を取らないと」
「拓海くん、言わなくて良いですからね」
「拓海くんって言うんだ~?」
「瑠希ってば」
にやにやと笑う瑠希に呆れながらも笑った。高校のときの休み時間みたいだと思った。
高校に通っていたときも恋愛とは縁がなかった。告白されることは何回かあったけど、その人のことを好きになれそうになかったから断った。
だからこそこういう女の子同士で盛り上がるような恋バナもあまりしたことがなかった。
瑠希の恋愛相談に乗っていたこともあったけれど、わたしから提供できる話題という話題もないので大して盛り上がらない。
こうやってつつきあって、年相応のような話をして。
そうやって生きていくのが、"普通の高校生活"だったんだろう。
「黒瀬拓海です。うちの璃恋がお世話になってます」
「ちょ、拓海くん」
「いやいやこちらこそ!あ、あたしそろそろ行くね」
「え?あぁうん、分かった」
「じゃ、またね。黒瀬さん、璃恋のことよろしくお願いします」
瑠希が手を振りながら歩いて行く。わたしと拓海くんも瑠希の姿が見えなくなるまで手を振った。
「いい子じゃん、あの子」
「ごめんなさい本当、瑠希どんどん喋るんですよ」
「母親といいあの子といい、璃恋の周りはよく喋る人ばっかだな」
「はい。ほんと、瑠希いつもあんな感じなんです。今会って、高校通ってたときのこと思い出しました」
離れていた手がまた繋がれる。
拓海くんは少し複雑そうな顔をしていた。
「……戻りたいって思う?高校通ってたときに」
変な質問。どう答えるかなんて、分かりきっているくせに。
「思わないですよ。わたしは、拓海くんと生きるって決めたんです」
思うわけがない。拓海くんといることが一番の幸せで、拓海くんとなら、何があったって怖くない。向かう先が雷鳴の轟く場所だろうと、わたし達の未来が曇っていようと別にいい。拓海くんと一緒に見る景色ならば、そこが楽園になるのだから。
「……ありがとう」
その言葉を皮切りに、ふわりとした雪が空から落ちてきた。
まるでドラマのワンシーンのように美しい景色の中に、わたしたちはいる。
拓海くんの耳が少し赤かった。それは寒さのせいなのか、何かに照れているのか。
どっちなのか分からないけれど、寒さのせいにしておこう。