璃恋が選んだ銃と、その他にも必要なものを注文する。気になったのか璃恋が画面を覗き込んできた。
「これってネットで買えていいんですか?なんか色々法に触れそうですけど」
「このサイト自体闇サイトだからね」
注文を終えてパソコンの電源を移す。真っ黒になった画面に、驚いた顔をした璃恋が映った。映った璃恋は地味にピントが合っていなくて、それに噴き出した。
まだよく分からない顔をしている璃恋を横目に立ち上がり、パソコンを棚にしまった。
「あ、俺買い物行ってくるよ。買い出し行かなきゃでしょ」
「はい。これお願いします」
「りょーかい」
買うべきものが書かれたメモをもらって近くのスーパーに向かう。
璃恋とふたりでこのスーパーに初めて来た日のことを思い出す。あの時と比べると、俺たちの関係はかなり変わってしまった。それはいい方に動いたのか、それとも悪い方に動いたのか。
俺たちにとってはいい方に変わっているけれど、世間的に見れば悪い方に変わっているのかもしれない。今はまだ一緒にいられるけれど、いつ離れ離れになるか分からない。いつ引き離されるか分からない。
考え込みながら歩いているとスーパーに着いた。シリアスな気持ちとは裏腹に、明るすぎる店内放送が耳を通る。
近くにあったかごを手に取り、璃恋に頼まれたものを入れていく。
俺は料理がさっぱりできないから、買い物を頼まれても璃恋が何を作ろうとしているのか全く分からない。たまに何十分の一の確率ぐらいで分かるときもある。ごくたまに。
メモに書かれた文字列を見つめる。じゃがいも、人参、豚肉。他にも野菜とか卵とかいくつか書かれているけれど、"絶対忘れないで"と書かれているのは最初の三つだった。
その三つが大事な料理。何だろう。三つの具材が入っている料理を考えて、ひとつ答えが出てきた。カレーだ。もしかして、今日の夜ご飯はカレーなのかな。
個人的でしかないだろうけど、カレーは俺にとって特別なメニューだ。
璃恋が初めて作ってくれたご飯。温かくて、ちょっと辛くて。二日連続で食べて、でも全く飽きなくて。璃恋曰く、「カレーは二日目から本気を出す」らしい。本気出してますかと聞かれて、強く頷いたのを覚えている。
そんなことを思っていると、自然と口角が上がっていた。端から見たらきっと気持ち悪いくらいに。
璃恋と出会ってから、知らなかった自分がどんどん露わになる。
今までの自分じゃありえないところまで、心が動いている。何気ない璃恋の一挙手一投足がどうしようもないほどに愛おしくて、心がどんどん奪われていく。
こんなことは初めてで、どうしたらいいか分からない。
ぶんぶんと頭を振って考えを遮断する。俺の近くにいた人が汚いものを見るような目で俺を見ている。それは別に構わない。
――だって俺は、汚いものだから。
頼まれたものをすべて買い、スーパーを出た。
璃恋が待つ家に向かって歩き出す。待っている人がいる。それだけのことがたまらなく嬉しい。
家に向かっている時間はいつもワクワクでいっぱいだ。どんな顔をして出迎えてくれるんだろう、何をしているんだろうって。
そうワクワクするのと同時に、ちゃんと元気でいるか、ちゃんと生きているか不安になる。
誰かに襲われたり、攫われたりしていないだろうか。体調が急に悪くなって倒れたりしていないだろうか。
そう思って、気がつくと走り出している。
一秒でも早く帰りたい。声が聞きたい。その肌に触れたい。顔が見たい。そう思ってしまうのはもう末期なのだろうか。
今日も怖くなってしまって走り出した。いつもそうやって走るから、レジ袋の中が暴れて璃恋に怒られる。
――わたしはちゃんといますから、ゆっくり帰ってきてください。ほら、ご飯がぐちゃぐちゃになったじゃないですか。
パックの中でぐちゃぐちゃになってしまったお弁当を見せながら、璃恋はそう言った。分かってるよ、分かっているけれど、璃恋を失うかもしれないという不安には抗えない。
走っていると、急に目の前に現れた人とぶつかった。その反射で尻餅をつく。
「すいません」
それだけ吐き捨てて、すぐに立ち上がり、その場から立ち去った。
――はずだった。
また走り出そうとした瞬間、男の人は俺を掴んできて、空いている方の手で俺の腹に拳を入れようとしてくる。腹って言うより鳩尾――狙いを定めて殴りかかってきたみたいだし、こいつ、もしかしてこっち側か。
間一髪でそれを避け、男の腕を掴んで捻った。
小さな呻き声が聞こえる。ごきごきっと音がして関節も外れているはずなのに、呻き声一つとは。なかなかの強敵かもしれない。
男と向き合いながら、俺はにやりと口角を上げた。いいよ、せっかくならやってやろう。丁度最近生ぬるい敵ばっかで、退屈してたとこだから。
肩で息をしながら、ぜえぜえと喘いでいる男を見つめる。茶色の長い髪が片眼を覆い隠している。肘の辺りでまくられたシャツから伸びる腕は折れてしまいそうな程に細い。近くに寄ったとき吐かれた息からタバコの匂いがした。肌の張りがなく、目もとには色濃い影が住み着いている。きっとヘビースモーカーだろう。
生憎銃とナイフは持っていない。手入れをしたっきり置いてきてしまった。己の身体一つで戦わなくてはならない。
こんな時に襲われるなんて都合が悪い。相手は俺が銃とナイフを持っていないことを知って襲ってきたのだろうか。というかまずなぜ襲われているのだろうか。俺に何か因縁があるとか?だったら夜に嘘の依頼でもしておびき寄せればいいだろう。その方がやりやすいだろうに。
俺の手からレジ袋が抜けて地面に落ちる。何かが潰れるような音がした。あれほど璃恋に言われていたのに、また何かだめにしたかもしれない。
怒る璃恋の顔まで簡単に想像できた。数分後にはきっと、その顔を真っ正面から見ることになるんだろうけど。
男が走ってくる。やはり脱臼した腕は痛いみたいで、庇うように走っている。だからだろうか、動きが遅い。
「――悪いけど、待たせてる人がいるんだよ」
男の身体を引き寄せ、肘で下顎をついた。かなりの力を入れたからか、鈍い衝撃が腕に走る。
男はそのまま意識を失い、地面に倒れた。きっと脳震盪だ。少しすれば意識が戻るだろう。
地面に横たわらせておくのもどうかと思ったので、男を道の端に座らせるようにして置いた。一応ポケットを探って身分証明書がないか確認したが、財布や携帯のひとつも入っていなかった。仕方がないから写真を何枚か撮り、落ちていたレジ袋を拾った。
別に殺したわけではない。殺してもよかったけれど、白昼堂々殺人をするのは気が引ける。素手で殺せるには殺せるけど、手が汚れるから嫌だ。
レジ袋の中を確認する。豚肉のパックの包装が破け、中身が出ていた。また怒られるな。怒られる前にもういっそ新しいものを買ってこようか。いや、まずは帰ろう。
俺はレジ袋を持って、家へと向かった。
「ただいまー」
声をかければ奥の扉から璃恋が出てくる。璃恋は俺を見るなり、大きく目を見開いた。
「お帰りなさい。拓海くん、どうしたんですか」
何を言われているのかよく分からない。怪我をした感覚はなかった。
「どうした、って何。俺特に怪我とかしてないよ」
「してます。ほらここ。これどうしたんですか」
「これってネットで買えていいんですか?なんか色々法に触れそうですけど」
「このサイト自体闇サイトだからね」
注文を終えてパソコンの電源を移す。真っ黒になった画面に、驚いた顔をした璃恋が映った。映った璃恋は地味にピントが合っていなくて、それに噴き出した。
まだよく分からない顔をしている璃恋を横目に立ち上がり、パソコンを棚にしまった。
「あ、俺買い物行ってくるよ。買い出し行かなきゃでしょ」
「はい。これお願いします」
「りょーかい」
買うべきものが書かれたメモをもらって近くのスーパーに向かう。
璃恋とふたりでこのスーパーに初めて来た日のことを思い出す。あの時と比べると、俺たちの関係はかなり変わってしまった。それはいい方に動いたのか、それとも悪い方に動いたのか。
俺たちにとってはいい方に変わっているけれど、世間的に見れば悪い方に変わっているのかもしれない。今はまだ一緒にいられるけれど、いつ離れ離れになるか分からない。いつ引き離されるか分からない。
考え込みながら歩いているとスーパーに着いた。シリアスな気持ちとは裏腹に、明るすぎる店内放送が耳を通る。
近くにあったかごを手に取り、璃恋に頼まれたものを入れていく。
俺は料理がさっぱりできないから、買い物を頼まれても璃恋が何を作ろうとしているのか全く分からない。たまに何十分の一の確率ぐらいで分かるときもある。ごくたまに。
メモに書かれた文字列を見つめる。じゃがいも、人参、豚肉。他にも野菜とか卵とかいくつか書かれているけれど、"絶対忘れないで"と書かれているのは最初の三つだった。
その三つが大事な料理。何だろう。三つの具材が入っている料理を考えて、ひとつ答えが出てきた。カレーだ。もしかして、今日の夜ご飯はカレーなのかな。
個人的でしかないだろうけど、カレーは俺にとって特別なメニューだ。
璃恋が初めて作ってくれたご飯。温かくて、ちょっと辛くて。二日連続で食べて、でも全く飽きなくて。璃恋曰く、「カレーは二日目から本気を出す」らしい。本気出してますかと聞かれて、強く頷いたのを覚えている。
そんなことを思っていると、自然と口角が上がっていた。端から見たらきっと気持ち悪いくらいに。
璃恋と出会ってから、知らなかった自分がどんどん露わになる。
今までの自分じゃありえないところまで、心が動いている。何気ない璃恋の一挙手一投足がどうしようもないほどに愛おしくて、心がどんどん奪われていく。
こんなことは初めてで、どうしたらいいか分からない。
ぶんぶんと頭を振って考えを遮断する。俺の近くにいた人が汚いものを見るような目で俺を見ている。それは別に構わない。
――だって俺は、汚いものだから。
頼まれたものをすべて買い、スーパーを出た。
璃恋が待つ家に向かって歩き出す。待っている人がいる。それだけのことがたまらなく嬉しい。
家に向かっている時間はいつもワクワクでいっぱいだ。どんな顔をして出迎えてくれるんだろう、何をしているんだろうって。
そうワクワクするのと同時に、ちゃんと元気でいるか、ちゃんと生きているか不安になる。
誰かに襲われたり、攫われたりしていないだろうか。体調が急に悪くなって倒れたりしていないだろうか。
そう思って、気がつくと走り出している。
一秒でも早く帰りたい。声が聞きたい。その肌に触れたい。顔が見たい。そう思ってしまうのはもう末期なのだろうか。
今日も怖くなってしまって走り出した。いつもそうやって走るから、レジ袋の中が暴れて璃恋に怒られる。
――わたしはちゃんといますから、ゆっくり帰ってきてください。ほら、ご飯がぐちゃぐちゃになったじゃないですか。
パックの中でぐちゃぐちゃになってしまったお弁当を見せながら、璃恋はそう言った。分かってるよ、分かっているけれど、璃恋を失うかもしれないという不安には抗えない。
走っていると、急に目の前に現れた人とぶつかった。その反射で尻餅をつく。
「すいません」
それだけ吐き捨てて、すぐに立ち上がり、その場から立ち去った。
――はずだった。
また走り出そうとした瞬間、男の人は俺を掴んできて、空いている方の手で俺の腹に拳を入れようとしてくる。腹って言うより鳩尾――狙いを定めて殴りかかってきたみたいだし、こいつ、もしかしてこっち側か。
間一髪でそれを避け、男の腕を掴んで捻った。
小さな呻き声が聞こえる。ごきごきっと音がして関節も外れているはずなのに、呻き声一つとは。なかなかの強敵かもしれない。
男と向き合いながら、俺はにやりと口角を上げた。いいよ、せっかくならやってやろう。丁度最近生ぬるい敵ばっかで、退屈してたとこだから。
肩で息をしながら、ぜえぜえと喘いでいる男を見つめる。茶色の長い髪が片眼を覆い隠している。肘の辺りでまくられたシャツから伸びる腕は折れてしまいそうな程に細い。近くに寄ったとき吐かれた息からタバコの匂いがした。肌の張りがなく、目もとには色濃い影が住み着いている。きっとヘビースモーカーだろう。
生憎銃とナイフは持っていない。手入れをしたっきり置いてきてしまった。己の身体一つで戦わなくてはならない。
こんな時に襲われるなんて都合が悪い。相手は俺が銃とナイフを持っていないことを知って襲ってきたのだろうか。というかまずなぜ襲われているのだろうか。俺に何か因縁があるとか?だったら夜に嘘の依頼でもしておびき寄せればいいだろう。その方がやりやすいだろうに。
俺の手からレジ袋が抜けて地面に落ちる。何かが潰れるような音がした。あれほど璃恋に言われていたのに、また何かだめにしたかもしれない。
怒る璃恋の顔まで簡単に想像できた。数分後にはきっと、その顔を真っ正面から見ることになるんだろうけど。
男が走ってくる。やはり脱臼した腕は痛いみたいで、庇うように走っている。だからだろうか、動きが遅い。
「――悪いけど、待たせてる人がいるんだよ」
男の身体を引き寄せ、肘で下顎をついた。かなりの力を入れたからか、鈍い衝撃が腕に走る。
男はそのまま意識を失い、地面に倒れた。きっと脳震盪だ。少しすれば意識が戻るだろう。
地面に横たわらせておくのもどうかと思ったので、男を道の端に座らせるようにして置いた。一応ポケットを探って身分証明書がないか確認したが、財布や携帯のひとつも入っていなかった。仕方がないから写真を何枚か撮り、落ちていたレジ袋を拾った。
別に殺したわけではない。殺してもよかったけれど、白昼堂々殺人をするのは気が引ける。素手で殺せるには殺せるけど、手が汚れるから嫌だ。
レジ袋の中を確認する。豚肉のパックの包装が破け、中身が出ていた。また怒られるな。怒られる前にもういっそ新しいものを買ってこようか。いや、まずは帰ろう。
俺はレジ袋を持って、家へと向かった。
「ただいまー」
声をかければ奥の扉から璃恋が出てくる。璃恋は俺を見るなり、大きく目を見開いた。
「お帰りなさい。拓海くん、どうしたんですか」
何を言われているのかよく分からない。怪我をした感覚はなかった。
「どうした、って何。俺特に怪我とかしてないよ」
「してます。ほらここ。これどうしたんですか」