「手袋あった、つける?」
わたしの手に押し付けられるようにして手袋が渡された。わたしはそれをつけることはせず、拓海くんの手を取った。
「こっちの方がいいです」
拓海くんは一瞬驚いた後、笑いながら手に力を込めてくる。わたしも繋いだ手に力を込めた。
「ねぇ、そう言えば今何時?」
「確認しますね」
携帯を取りだして時間を確認した。液晶画面に文字が浮かび上がって、もう日付が変わっていることを告げる。
「もう十二時回ったみたいです」
「え、そんな?以外と早いね」
「何ですか意外とって」
わたしと拓海くんの声が響く。
黒すぎる空の下で、わたしたちは手を繋いで生きている。
2
「イルミネーションでも見に行かない?」
家の近くのスーパーで貰ったチラシを手でひらひらさせながら言った。
イルミネーションなんてあまり行ったことないし、特別興味があるというわけでもないのだけれど、せっかくなら璃恋と行ってみようかと思ったのだ。
「イルミネーション?どこにあるんですかそれ」
「ちょっと遠いんだけど、せっかくなら行こうかなって」
床に座って洗濯物を畳んでいる璃恋にチラシを手渡した。チラシを見つめたあと、俺に向き直り、優しく微笑む。
「いいですよ、行きましょう。その代わり、ひとつだけ条件があります」
いつかの俺が言ったような台詞を吐く。璃恋もそう思ったのか、笑いながらチラシを机に置いた。
「これ、ショッピングモールの近くですよね。買い物付き合ってくれませんか?」
何だと思えばそんな可愛い頼みだったとは。そんなものでよければ何回だって答えてやる。
「そんなんでいいんだ?」
「はい。冬用の洋服とか色々欲しいんですよね」
「服?璃恋のためならハイブランドでもジュエリーでも何でも買うけど」
「拓海くんが言うと本当になりそうだから怖いです」
璃恋が肩をすくめる。
俺は笑いながら立ち上がり、二階に上がった。仕事部屋に入り、毎日使っている銃とナイフを手に取る。ナイフは刃がこぼれて上手く切れなくなっていて、銃は赤黒い汚れの塊ができているから、そろそろ手入れをしなくてはと思っていたのだ。
手入れに使う道具たちも持って、リビングに戻った。
銃にスプレーを吹きかけて、ティッシュで汚れを拭き取る。固まってこびりついた汚れは案外すんなり落ちた。ティッシュは赤黒く染まった。
スプレーの強い匂いが鼻を刺激する。ツンとした匂いにむせた。もう何年も使っているけれど、なぜかこの匂いにだけは慣れることができない。
鉄くさい血の匂いにも、引き金を引いた後の火薬特有の匂いにも、蛆が湧くほどに腐敗した身体の匂いにも、もう慣れたのに。
「あ、璃恋、銃貸して。手入れするから」
「ちょっと待ってもらっていいですか。洗濯物だけ終わらせちゃうので」
「分かった。なんか欲しい道具ある?ナイフとか」
「わたしナイフはいいです。自分で刺す感覚無理なんですよね、多分」
「そっか」
刺す感覚が無理か。俺も最初の頃はそうだった。紛れもないこの手で命を奪っている感じがして、なぜか自分が気持ち悪くなった。だから最初のうちは銃を好んで使っていた。銃撃戦もそれはそれで神経がすり切るから好きじゃなかったけれど。今はもう、どっちでも何も感じなくなっている。
自分が完全に狂ってしまったこと、自分を狂わせたその道に璃恋も引きずり込もうとしていることを自覚して、また自責の念に駆られる。
俺と会わなきゃ、銃を手にすることなんてなかったんだろうな。返り血を浴びて肌が紅く汚れることもなくて、薄汚い路地裏を鼠のごとく駆け回ることもなくて、銃の引き金を引くこともなくて――
もうやめよう。考えすぎるのが俺の悪い癖だ。
ナイフを持ってキッチンに立つ。お湯で洗った方がいいと聞いたから先にお湯を沸かしておく。それから手を切らないように注意しながら洗う。
刃を水にさらしていれば、淡い赤色の水が排水溝に流れていった。目に見えて刃が汚れている感じはしないのに、毎回毎回洗う度この色の水が流れる。きっと一度に洗い流せる限界と、日々刃に溜まっていく血の量はイコールにならないのだろう。いつも片方に偏っている。
手を切らないようにしていても、指先が刃先に触れてちくりと痛んだ。つーと鮮やかな色の液体が垂れる。
お湯が沸く音がしたから流れる水を止めた。人差し指に小さな切り傷ができてしまっている。こんなもんどうでもいいと思った。
ナイフにお湯をかけて流す。もうもうと湯気が立って、顔を手を湿らせた。ある程度流したら、乾いた布で水気を切る。刃と持ち手の間の部分に水が入って上手く拭き取れない。おいておけばある程度は乾くだろうと思って、布の上にナイフを置いた。
本当はこの後にナイフ用のオイルを塗った方がいいらしいけれど、面倒臭いから全くやっていない。大して錆びていないし、折れたりもしていないから大丈夫だろう。
手に腥い匂いが染みついて離れない。
キッチンに石鹸は置いていないから、洗面所まで行って石鹸で手を洗った。石鹸の爽やかな匂いがするけれど、蓄積された匂いは離れることを知らない。
リビングに戻ると、璃恋が銃を用意していた。
「拓海くん、これいつも使ってる銃です」
「お、ありがと。使い勝手悪いとかない?あったら変えるよ」
璃恋から銃を受け取る。俺が昔使っていたもので、かなりの年配ものだ。
「そう言えば、たまに引き金を引いても弾が出ない時があるんです。いざというとき危ないなぁって思うんですよね」
危ないどころの騒ぎじゃない。生と死が紙一重のこの世界で、引き金を引いても弾丸が出ないのは命取りになりかねない。
「何それ、もっと早く言ってよ。銃変えなきゃ。そうだ、せっかくなら新しいのにする?」
「新しいの……可愛い銃とかあります?」
「璃恋は銃に可愛いを求めてるの?」
「モチベーションですよモチベーション。大事ですからね?」
なんだそれ、と呟きながら棚にしまっていたパソコンを取り出す。電源を入れて起動し、銃やナイフの画像が並ぶサイトに飛んだ。璃恋の方に画面を向ける。
「はい、この中だったらなんでもいいよ」
「じゃあこれで」
璃恋はにやにやしながら銃身がとてつもなく長いものを指差した。笑わせようとしているのか本気なのか分からない。
「……璃恋がそれがいいって言うなら良いけど」
「ごめんなさい、ボケです」
たまにこういう突拍子もないことを言い出すもんだから面白くてたまらない。選んでていいよと言い残し、俺は璃恋の銃の手入れにかかった。新しいのに変えると言っても届くまで時間はかかるだろうし、この銃は威力のある弾を出せるから持っておきたい。
「拓海くん、これとかどうですか?なんかかっこいいなぁと思って」
璃恋が指差した画像をクリックする。その銃はわりと使い勝手がよく、威力もあるし撃ちやすい。これなら大丈夫だろう。
「お、いいじゃん。でもいいの?あんまり可愛くないけど」
「もういいです可愛いは。わたしの存在が可愛いものですから」
さっきも言ったけど、真剣な顔でこういうことを言ってくるもんだから面白い。頬がほころんで、また好きが募る。
あんまりおふざけとかしなさそうなタイプなのに。見た目で言えば優等生って感じで、クラス委員とかやってそうな感じ。
「……璃恋って、見た目に反して不真面目だよね」
「まぁ、真面目だったら拓海くんと一緒にいないですしね」
「それもそうか」
わたしの手に押し付けられるようにして手袋が渡された。わたしはそれをつけることはせず、拓海くんの手を取った。
「こっちの方がいいです」
拓海くんは一瞬驚いた後、笑いながら手に力を込めてくる。わたしも繋いだ手に力を込めた。
「ねぇ、そう言えば今何時?」
「確認しますね」
携帯を取りだして時間を確認した。液晶画面に文字が浮かび上がって、もう日付が変わっていることを告げる。
「もう十二時回ったみたいです」
「え、そんな?以外と早いね」
「何ですか意外とって」
わたしと拓海くんの声が響く。
黒すぎる空の下で、わたしたちは手を繋いで生きている。
2
「イルミネーションでも見に行かない?」
家の近くのスーパーで貰ったチラシを手でひらひらさせながら言った。
イルミネーションなんてあまり行ったことないし、特別興味があるというわけでもないのだけれど、せっかくなら璃恋と行ってみようかと思ったのだ。
「イルミネーション?どこにあるんですかそれ」
「ちょっと遠いんだけど、せっかくなら行こうかなって」
床に座って洗濯物を畳んでいる璃恋にチラシを手渡した。チラシを見つめたあと、俺に向き直り、優しく微笑む。
「いいですよ、行きましょう。その代わり、ひとつだけ条件があります」
いつかの俺が言ったような台詞を吐く。璃恋もそう思ったのか、笑いながらチラシを机に置いた。
「これ、ショッピングモールの近くですよね。買い物付き合ってくれませんか?」
何だと思えばそんな可愛い頼みだったとは。そんなものでよければ何回だって答えてやる。
「そんなんでいいんだ?」
「はい。冬用の洋服とか色々欲しいんですよね」
「服?璃恋のためならハイブランドでもジュエリーでも何でも買うけど」
「拓海くんが言うと本当になりそうだから怖いです」
璃恋が肩をすくめる。
俺は笑いながら立ち上がり、二階に上がった。仕事部屋に入り、毎日使っている銃とナイフを手に取る。ナイフは刃がこぼれて上手く切れなくなっていて、銃は赤黒い汚れの塊ができているから、そろそろ手入れをしなくてはと思っていたのだ。
手入れに使う道具たちも持って、リビングに戻った。
銃にスプレーを吹きかけて、ティッシュで汚れを拭き取る。固まってこびりついた汚れは案外すんなり落ちた。ティッシュは赤黒く染まった。
スプレーの強い匂いが鼻を刺激する。ツンとした匂いにむせた。もう何年も使っているけれど、なぜかこの匂いにだけは慣れることができない。
鉄くさい血の匂いにも、引き金を引いた後の火薬特有の匂いにも、蛆が湧くほどに腐敗した身体の匂いにも、もう慣れたのに。
「あ、璃恋、銃貸して。手入れするから」
「ちょっと待ってもらっていいですか。洗濯物だけ終わらせちゃうので」
「分かった。なんか欲しい道具ある?ナイフとか」
「わたしナイフはいいです。自分で刺す感覚無理なんですよね、多分」
「そっか」
刺す感覚が無理か。俺も最初の頃はそうだった。紛れもないこの手で命を奪っている感じがして、なぜか自分が気持ち悪くなった。だから最初のうちは銃を好んで使っていた。銃撃戦もそれはそれで神経がすり切るから好きじゃなかったけれど。今はもう、どっちでも何も感じなくなっている。
自分が完全に狂ってしまったこと、自分を狂わせたその道に璃恋も引きずり込もうとしていることを自覚して、また自責の念に駆られる。
俺と会わなきゃ、銃を手にすることなんてなかったんだろうな。返り血を浴びて肌が紅く汚れることもなくて、薄汚い路地裏を鼠のごとく駆け回ることもなくて、銃の引き金を引くこともなくて――
もうやめよう。考えすぎるのが俺の悪い癖だ。
ナイフを持ってキッチンに立つ。お湯で洗った方がいいと聞いたから先にお湯を沸かしておく。それから手を切らないように注意しながら洗う。
刃を水にさらしていれば、淡い赤色の水が排水溝に流れていった。目に見えて刃が汚れている感じはしないのに、毎回毎回洗う度この色の水が流れる。きっと一度に洗い流せる限界と、日々刃に溜まっていく血の量はイコールにならないのだろう。いつも片方に偏っている。
手を切らないようにしていても、指先が刃先に触れてちくりと痛んだ。つーと鮮やかな色の液体が垂れる。
お湯が沸く音がしたから流れる水を止めた。人差し指に小さな切り傷ができてしまっている。こんなもんどうでもいいと思った。
ナイフにお湯をかけて流す。もうもうと湯気が立って、顔を手を湿らせた。ある程度流したら、乾いた布で水気を切る。刃と持ち手の間の部分に水が入って上手く拭き取れない。おいておけばある程度は乾くだろうと思って、布の上にナイフを置いた。
本当はこの後にナイフ用のオイルを塗った方がいいらしいけれど、面倒臭いから全くやっていない。大して錆びていないし、折れたりもしていないから大丈夫だろう。
手に腥い匂いが染みついて離れない。
キッチンに石鹸は置いていないから、洗面所まで行って石鹸で手を洗った。石鹸の爽やかな匂いがするけれど、蓄積された匂いは離れることを知らない。
リビングに戻ると、璃恋が銃を用意していた。
「拓海くん、これいつも使ってる銃です」
「お、ありがと。使い勝手悪いとかない?あったら変えるよ」
璃恋から銃を受け取る。俺が昔使っていたもので、かなりの年配ものだ。
「そう言えば、たまに引き金を引いても弾が出ない時があるんです。いざというとき危ないなぁって思うんですよね」
危ないどころの騒ぎじゃない。生と死が紙一重のこの世界で、引き金を引いても弾丸が出ないのは命取りになりかねない。
「何それ、もっと早く言ってよ。銃変えなきゃ。そうだ、せっかくなら新しいのにする?」
「新しいの……可愛い銃とかあります?」
「璃恋は銃に可愛いを求めてるの?」
「モチベーションですよモチベーション。大事ですからね?」
なんだそれ、と呟きながら棚にしまっていたパソコンを取り出す。電源を入れて起動し、銃やナイフの画像が並ぶサイトに飛んだ。璃恋の方に画面を向ける。
「はい、この中だったらなんでもいいよ」
「じゃあこれで」
璃恋はにやにやしながら銃身がとてつもなく長いものを指差した。笑わせようとしているのか本気なのか分からない。
「……璃恋がそれがいいって言うなら良いけど」
「ごめんなさい、ボケです」
たまにこういう突拍子もないことを言い出すもんだから面白くてたまらない。選んでていいよと言い残し、俺は璃恋の銃の手入れにかかった。新しいのに変えると言っても届くまで時間はかかるだろうし、この銃は威力のある弾を出せるから持っておきたい。
「拓海くん、これとかどうですか?なんかかっこいいなぁと思って」
璃恋が指差した画像をクリックする。その銃はわりと使い勝手がよく、威力もあるし撃ちやすい。これなら大丈夫だろう。
「お、いいじゃん。でもいいの?あんまり可愛くないけど」
「もういいです可愛いは。わたしの存在が可愛いものですから」
さっきも言ったけど、真剣な顔でこういうことを言ってくるもんだから面白い。頬がほころんで、また好きが募る。
あんまりおふざけとかしなさそうなタイプなのに。見た目で言えば優等生って感じで、クラス委員とかやってそうな感じ。
「……璃恋って、見た目に反して不真面目だよね」
「まぁ、真面目だったら拓海くんと一緒にいないですしね」
「それもそうか」